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ヨヲセの秘策④

 ガルシャはヒネをみつめたまま、過去と遠い未来をたどる違いについて語り始めた。

「まず過去だ、過去は未来と同じくやはり無数にある。

 けれど『今』につながっている過去はすべて一つしかない、正確には一つの道筋しかない。だから過去を見るのは簡単だと錯覚しがちだが、実際はそうともいえない。

 過不足なく表現するなら、今につながる道筋をたどるのは簡単で、今につながらなかったその他の過去をたどるのは至難の業といえる。

 体験しなかった過去は複数あれども、それを観察する自分は今ここに一人しかいないわけだから、ほかの複数を視るのは簡単じゃないのさ。

 ただし、もちろん不可能ではない。だけど、あたしゃあまりお勧めはしないよ? なぜなら知ったところで今が変わるわけでもないし、場合によっては未来を狂わすからだ」

 ガルシャは、ここまでで理解が追いついているかを確かめるように、二人の弟子の顔を交互に見た。ヒネは眉根を寄せながらも一応理解しているようだ、ヨヲセは……。

 まあいいか、とガルシャは先を続けた。

「そして遠い未来、これはおそらくヒネ自身がとっくにいなくなった先の、遠い未来のことだろう?」

 ガルシャはヒネに尋ねる。ヒネはうなずきながら

「もしくは別の星といった、今の時代と同時並行かどうかもわからぬ世界の記憶でございます」

 と返した。ガルシャはうなずくと、また話しはじめる。

「これもやはり複数、それこそ無限にある。

 時代、あるいは場所のような世界観そのもの自体も複数存在しておるんだ。ましてや生きている者の人生の記憶など、全宇宙の星の数より、もっと膨大にあるはずだ。


挿絵(By みてみん)


 だけど一つひとつは、すでに確定している“いつか”の“誰か”の「今」なんだよ。

 魂の泉をたどってのぞけるのは、そのうちの、ほんの一つにしか過ぎない。

 それをたどるのが簡単に思えるのは、今の自分には何の影響も及ぼさないものだからさ。ただ偶然拾ったものを無責任に眺めてるだけだからね」

 ガルシャの話をそこまで聞いたヒネは、何か思い至った気がした。

「もしや……自分や自分に近しいものの未来を見るのが難しいのは」

 ヒネがつぶやくように言うと、ガルシャはゆっくりうなずいて言った。

「未来が無限にあるのは、ほかと同じ。だけど、体をもっちまった魂には同時に二つの世界を観察することは基本的にはできないのさ。

 自分が観察した時点で確定するのが、『今』あるいは『現実』なら、どれだけ事前にのぞこうと実際に観察するまでは『今』でもなければ『現実』でもない。それどころか事前にのぞいたという『現実』が、次の現実に及ぼす影響を免れることはできない。

 つまり事前にのぞいたモノのほとんどが、のぞいたことで逆に実現から遠ざかる可能性が高まるのさ」

 ガルシャの説明に、ヨヲセが声を上げる。

「へ?どういうこと?」

 するとヒネが自分の考えをまとめるように、ゆっくりと口を開いた。

「昨日の例で言えば、ヨヲセは湯船につかっている自分に焦点を絞るとおっしゃいました。ですが、その『湯船につかった自分に焦点を絞っている自分』の前には、すでに『今』という現実がございます。目の前の今を見ながら、別の今を見ることは不可能でございましょう?」

 ヨヲセは、宙を見やりながら要領を得ない顔で、それでも必死に理解しようと頑張っている。

 ヒネはさらに付け加えた。

「不確定要素が多いのでございます。私が湯殿で湯あみをしている自分に焦点をしぼり、歩きだしたところで、たとえばヨヲセが『今夜の献立にバロバロの汁物があったけど、人気なのですぐに無くなりそうだ』とおっしゃったとします。」

 以前食べた鮮やかな赤い汁の美味しさをヒネは思い出す。また食べたいーー。

「すると私は、それまで帰ったらすぐに湯殿へ向かう予定であったのに、予定を変えて先に食堂へ向かうやもしれません。

 つまり、いくら焦点をある時点に絞ったとしても、それは自らの想像であるとしかいえないのです。

 魂の泉から未来の自分の記憶をたどろうとして、仮にそれが成功したとしても、自分のさじ加減一つで簡単に別の『今』を選択してしまうこともございましょう。

 そして一度のぞいてしまったからには、誰しもその未来を意識せずにはいられません。そうなればもう、その時点で現実は少しずつずれていってしまうものと考えられます」


 ガルシャはギラリと目を光らせてヒネを見やる。

「やはりあんたは聡い娘だ。どうだい? 一つ面白いものを見てみたいと思わないかい?」

「面白いもの……でございますか?」

 ヒネはガルシャの目を見て答える。

「この前カダに聞かせた、あの女人の話さ。青い海と空の。あのお嬢さんの別の未来を、のぞいてみる覚悟はあるかい?」

 ヒネは、以前カダの執務室で話した『肉の夢』の主であるジンナという女性の話だろうと、あたりをつけた。


 ガルシャの瞳を見つめたまま、ヒネはゴクリと生唾を飲んだ。


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