ヨヲセの秘策②
「そうだな、たとえばこれからスベラギの塔へ戻ったあと、ヒネは何をする可能性が高い?」
ヒネは少し考えてから答える。
「さようでございますね……まずは私も湯殿へ行きたいです。部屋の掃除でだいぶ埃をかぶりましたし」
「それなら、湯殿で湯につかって『んあ゛~』って声を上げている瞬間に焦点を絞るんだ」
ヨヲセが中年男性よろしく野太い声を上げるので、ヒネは呆れ顔で返す。
「私は、そのような野太い声は出しません」
しかしそう言ったあとで、すぐに眉根を上げて問う。
「焦点を絞るとは、どういった意味ですか?」
「ああそっか、ヒネは魂の泉をのぞいたりできる?」
ヨヲセが問う。
魂の泉とは、この全宇宙における生きとし生けるもの、すべての魂の集合体である。
そこは、すべての生命を生み出す源であり、還る場所であり、すべての記憶が刻まれている保管庫でもある。
ヨヲセは魂の泉を“のぞく”と言ったが、ヒネは魂の泉を“たどる”と表現している。魂の泉をたどれば過去や未来、また惑星間さえ飛び越えた生命の記憶をのぞけるとヒネは思っている。
惑星間さえ飛び越えられると思っているのは、空と海が青い惑星に住む者の記憶や、おそらくシュバウル人と思われる人々のかつての記憶もたまにたどれるからだ。
そして魂の泉をたどることは、ヒネの得意分野でもある。
「できます」
ヒネはヨヲセの目を見つめて答える。
「ならよかった。その魂の泉をのぞくときの要領で、最初に意識を集中するんだ。雑念を捨ててな? そうして自分の近未来、さっきの話なら、湯につかって『んあ゛』……じゃなかった。『ふぅ~』って一息ついてる瞬間の自分に焦点を絞る。そうすると、不思議とうまくいくんだ。なぜなら湯船につかってる自分は、もう巨大生物うごめく大地を通り抜けて、無事に塔へ戻ったあとの自分だろ?」
「巨大生物うごめく」という言葉に、ヒネは忘れかけていたその存在を思い出し、びくりと肩を震わせ、もう一度辺りを見回した。
「心配すんなって」
ヨヲセは笑いながら続けた。
「これは私がたまたま見つけた方法なんだけど、今までもだいたいこれでうまくいった。このスベラギの塔に入るときだって、周りはみんな無理だって言ったんだ。私は穴築の腕には自信があったけど、いかんせん学問の方がイマイチだったからな。けど、この方法で結果はどうだ! 見事合格した上に、今じゃ高所左官職人だ」
自慢げにヨヲセは白い歯を見せて笑う。ヒネは苦笑しながら答えた。
「それは、ヨヲセ様がきちんと努力したからでございましょう。いくらなんでも、そんなことですべてうまくいくなら、皆がスベラギの塔へ入れてしまいます」
「たしかにな。だけど逆に、努力したからといって、誰もがスベラギの塔へ入れるわけじゃないだろ?」
「さようで、ございますね……」
ヒネは一応合意したものの、難しい顔になって考え込むように言った。
「でもそれですと、私には至難の業かもしれません」
「なんで?」
ヨヲセはのぞき込むように尋ねた。ヒネは頭の中で考えをまとめるように話しはじめる。
「私は魂の泉をたどるのが比較的得意なので、よくたどっては人々の記憶をのぞいております。そこで以前から常々実感していることがあるのでございます。
それは、過去は比較的たどりやすいのですが未来はたどりにくい、ということです。
それは当然でございましょう、過去はすでに起きたことですが、未来はまだ起きていないからでございます。
でも、遠い未来や別の惑星に住む者の記憶は、実はそれほどたどりにくいものではございません。もっともたどりにくいのは近未来、特に自分や自分と近しい者の未来で、これらは毎度たどるのが至難の業なのです。
たとえ、たどることができたとしても、実際に起こる未来はのぞいたものとは別物であることも少なからずございます。
ですので、自分の近未来に焦点を絞るというのは、不可能ではないにしろ、かなり高度な技術になると存じます。
もしヨヲセの言っていることが本当であるなら、ヨヲセはずいぶん優秀な神呼であるとお見受けいたします」
そう言ってヒネがヨヲセを見上げると、ヨヲセは目を輝かせながらヒネの顔をのぞき込んでいた。ヒネは「はて?」といった顔で答える。
「今、ヨヲセと言ったな。「ヨヲセ様」じゃなくて「ヨヲセ」って言った。ははは、ヨヲセって言ってくれた!」
そう言ってヨヲセは嬉しそうに笑う。
「私、呼び捨てにいたしましたか?」
ヒネは、無意識に言ってしまったようだと自覚した。呼び捨てにした覚えは無かったが、ヨヲセがあまりに嬉しそうなので「呼び捨てにされて喜ぶなど、ヨヲセは変わっているな」と思いつつ、これからも「様」は付けずに呼ぶことにしようと心に留めた。
「そりゃ、あんたがバカだからだよ」
翌日ガルシャに話してみたところ、ガルシャはあっさりヨヲセをバカ呼ばわりして切り捨てた。




