ヨヲセの秘策①
家の中に入って来たのはヨヲセだった。ヨヲセもヒネがいたことに驚いて、同時に声を上げる。
「え、なんでいるの?」
先に聞いたのはヨヲセの方だ。
「ヨヲセ様こそ」
ヒネも、なぜこんな時間にヨヲセが戻って来たのかと目をしばたたく。
「うわ……え~。こりゃまた一段と綺麗になったなあ」
だがヨヲセは事情を話すよりも先に、目に飛び込んできた部屋の様子に感嘆の声をもらす。部屋の中を見渡しながら奥まで進みつつ、今日のいきさつを話してくれた。
「たまたま体調の悪い者がいて欠員が出たんだ、左官の職務に。それで散々汗まみれになったから湯殿に行こうと思ったら、替えの衣がないことに気がついてな。いつもは予備を置いてるんだけど、この1か月間まったく職務に入れてもらえなかったから」
ヨヲセは、衣類をしまっている棚から替えの衣と新しい下着を準備しながらヒネに尋ねた。
「ヒネは? こんな時間まで掃除してたのか?」
ヒネは、数時間前に巨大生物が窓を踏みつけて行ったものだから、怖くて外に出られなかったことを話す。
「ああ、この辺りは巨大生物がわりと通るんだ。今は私が窓の定期修繕をやってるからいいけど、その前は放置気味だったらしくてさ。前に一度、窓を踏み抜かれて大変だったらしい」
ヨヲセは笑いながら言ったが、ヒネは怖気がたった。
「そういうときの、とっておきの秘策を教えてやるよ。ひとまず今は一緒に塔へ戻ろう」
着替えの準備を整えたヨヲセは、入り口付近でヒネを振り返って言った。
「秘策とは何に対しての、でございますか?」
肩をすくめ、辺りをせわしなくうかがいながら、ヒネはヨヲセに尋ねる。
「何かする前に行動をためらうときのだよ。これ、願望実現にも使えちゃったりする凄技なんだぜ」
ヨヲセはもったいぶった口調で言う。
巨大生物に怯えていたヒネは、少しだけヨヲセを見上げた。
ヒネとは違い、まるで辺りを気にする様子もないヨヲセは、ヒネの方をちらりと見てから、「秘策」とやらを楽しそうに披露し始めた。




