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きょうだい弟子・ヨヲセ⑤

「私は子どものころから、空や大地が奏でる節や音色、ときには言葉のようなものが聞こえるんだよ。まだババ様みたいに、はっきりと言葉にできるまでには至ってないんだけどね。で、職務の合間や休憩中にときどきそれを口ずさんでたんだ、空が奏でる独特の音色なんかを。そしたらある日、「あんた神呼だろ」ってババ様に声をかけられてさ」

 そう言ってヨヲセはため息をついた。

「最初はもちろん断ったんだよ。だけどババ様はあの通り、言いだしたら聞かない人だからさ。タオキホオヒカムナのミコトまで出てきて、ちょっとした騒動になったんだぜ? で、最終的にタオキホオヒカムナで左官職人として所属したまま、カムイクジナの神呼見習いにもなるってことで決着したんだ」

 ミコトとは、その部署を束ねる長である。ヒネは驚いた。


挿絵(By みてみん)


「さようなことが、二つの部署を兼務するなど可能なのですか?」

 スベラギのどの部署でも、所属するためには難関の試験を突破しなければならないとヒネは聞いている。試験を受けても組織人となれる者はほんの一握りで、別の部署へ移るときにはやはり再度試験を受けるか、当該の部署から声がかからなければ難しいとも聞く。それなのに二つの部署にまたがって同時に所属するなど、可能なのだろうか。ヒネは今まで聞いたこともなかった。

「わりとあるらしい……いや、そうでもないか。ババ様も昔はそうだったっていうからわりとある話だと思ってたけど、最近になって珍しいんだって知った。ほら、ババ様が言ってただろ? 社会的獲得点数の仕組みを作ったのは自分だって。昔はカザヒコジムナとカムイクジナの両方に所属してたらしい」

 カザヒコジムナとは、情報における管理と、仕組みを構築する部署である。ガルシャが社会的獲得点数の仕組みを作ったというのは本当だったのかと、ヒネはそちらにも驚く。

「私の母も実は昔、神呼だったんだ。私の故郷、ミナナミには大陸の神呼にも劣らない凄腕のアギチャ様っていうババ様がいてな? そのお方に憧れて、いつかは自分も大陸の神呼になりたいって子どものころから母は言ってたそうなんだ。けど、私を産んで、そのあとには……」

 ミナナミの「アギチャ」その名前にヒネは心当たりがあった、ヒネの曾祖母である。

 しかし今は、少し様子のおかしいヨヲセが気になり、そのことは意識の脇に追いやった。ヨヲセはしばらく口を閉ざし、先ほどの左官職人の手さばきを確認するように、じっと視線を据えたまま固まっている。

「だから私が、その夢を引き継いで“ジジ様”になるのも、悪くないんじゃないかって……」

 ようやくヨヲセは次の言葉につないだが、やはりすぐにまた押し黙ってしまった。

 ヒネはヨヲセの言動から、ヨヲセの母はもうこの世にいないのではなかろうかとふと思った。ヒネ自身も母を12歳で亡くしている。ヨヲセも自分と同じ境遇なのだと悟ったヒネは、ヨヲセの母に対する想いを慮り、目を伏せるように言った。

「ならば、ご母堂も今のヨヲセ様をご覧になれば、さぞお喜びになることでございましょう」

 正午に近い空からラーヨウの光が降り注ぐ。窓の向こうの左官職人を吊るす命の綱、それを固定する金具が一瞬するどく光を弾いた。

「うん、喜んでる」

 ヒネは「え?」と目を上げてヨヲセを見た。

「だから、こうじゃなくて、こうだって!」と、また窓の外の職人に身振り手振りで伝えている。一通り動き終わると、ヨヲセが続けた。

「すごい喜んでくれてる。この前なんて、『いっそ左官なんて辞めて神呼一本に絞ったらどうだい』なんて言ってきてさあ。まったく、人の気も知らないで……」

 窓の外の左官職人に目で圧力をくれてやりながら、ヨヲセはどこぞの名匠よろしく後ろ手を組んで監督を続けている。

「人の気も知らないで……ええ、本当に」

 ヒネは肩透かしを食らってしまったようで、呆れた面持ちになる。

「うちは代々続く穴築一家なんだ。母は今、女頭として一家を束ねてるよ。今や父ですら頭が上がらない豪胆な女職人だ。私も当然、穴築職人になるものと自分で思ってたんだけど、幼いころに見たミナナミの塔で作業する高所左官職人が忘れられなくてさあ、格好良かったんだあ」

 ヨヲセは子どものようにキラキラした目で思い出を語る。

 ふと、ヨヲセの襟元からのぞくいかにもたくましそうな胸元の筋肉が目に入り「ああ、だからか」とヒネは納得した。タオキホオヒカムナの組織人は総じて男性が多く、くわえて日々肉体を駆使する作業が主の職人たちは、皆たくましい体をしていると聞いたことがある。ヒネは、どうやらそれは本当のようだと納得した。


 その時である。

「あ、彗星!」

 ヨヲセが突然、声を上げた。ヒネは再び窓の外に目をやり、薄桃色に輝く昼の空にその姿を探したが見つからない。

 だけど――

 ヒネは何か、聴こえたような気がした。それは胸が苦しくなるような、切なくなるような、そんな響きに感じた。


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