きょうだい弟子・ヨヲセ④
「いかがなさいましたか?」
ヨヲセの所まで戻って来てヒネが尋ねてみれば、ヨヲセは苦々しげに言う。
「全然なってないな。そうじゃなくてこうだよ」
そう言ってヨヲセは何かを掴むような手の形を作り、それを腹の前辺りで円を描くように回している。ヒネは、いったい何のことを話しているのだろうと思い、ヨヲセの視線の先に目をやった。
見やった先は窓の外で、そこには二本の長い綱で腰のあたりを結び、塔のはるか上方から吊るされている男性がいた。男性は塔の壁に向かって何かを吹きつけているようで、その手さばきは右から左へ、左から右へとせわしなく動かしている。
「高所左官職人ですね、初めてお見掛けしました」
ヒネは少し感動し、ヨヲセと同じく職人の姿を見入る。
パムゥの建築物は基本的に、そのままでは強度が弱い。
それはパムゥにおいては、建築物のみならず、人が作った物・使う物は、必要がなくなった際、いかに早く自然に戻せるかが最重要視されているからである。
どのようなものであっても、なるべく自然に近い組成や状態のままで素材として使用し、その役目を終えたら速やかに自然の一部に返すのだ。その技術こそが文明の進化と考えられているところもある。
だが当然ながら、自然のままに素材を活かそうとするなら、その強度や耐久性は弱い。そのため使用している間だけ強度を高めようという発想から、あらゆる物に表面的な加工を施すのが一般的だ。
これには、頻繁な保守や維持管理を必要とするが、そのぶん補修や修繕を止めればすぐに、元あった状態へ返りはじめるという利点がある。
左官職人というのは、主に地上の建築物・地下の穴築物に、強度と耐久性を維持するための加工を施す職人である。
その中でも高所左官職人と呼ばれる人たちは、ほんの一握りの専門職で、このスベラギの塔にしかいない。
スベラギの塔をはじめとする、惑星の全土8か所に設置された発・送電塔の、保守・維持管理を担っている者たちだ。
「だから、こうじゃなくてこう!」
ヨヲセはブツブツ言いながら、手を左右に振ったかと思うと、今度はぐるぐる円を描いてみせて、左官職人の男性に威圧的な視線を送っている。
すると、ヨヲセの視線に気がついた職人の男性が一瞬びくりとしたあと、変な愛想笑いを浮かべて手を回してみせ、ヨヲセに何かを目で問うた。
ヨヲセがうんうんと首を縦に振ると、男性はへらへらとした様子でまた愛想笑いを浮かべ、ぎこちない手つきで円を描きはじめる。ヨヲセは大きなため息をついてから、独り言のようにこぼした。
「もう1か月も入れてもらえてないんだよ。しかも大陸外の遠征については、この1年皆無だ。歯がゆいなあ」
ヒネは首を傾げ、尋ねる。
「何に入れてもらえていないのですか?」
「左官の職務だよ。私はもともと左官職人なんだ。元は、いや今もだけど、タオキホオヒカムナの左官部門に所属してるんだ。あの者は私より3年後輩の職人で、手を左右に動かすと塗りムラができるから円を描くように動かせと何度も注意してるのに、一向に直らなくてさ」
ヨヲセは苦笑しながらヒネを振り返る。タオキホオヒカムナとは建築・穴築・左官の3部門を束ねる部署である。
ヒネは驚いて目を丸くした。
「16歳でスベラギの塔に入って、タオキホオヒカムナで高所左官職人として3年前までやってたんだけどさ。ババ様に見つかってしまってしまったのがいけなかったんだな」
そう言ってヨヲセは苦笑する。
「見つかったとは、ガルシャ様から逃げていた……という意味ですか?」
ヒネが尋ねると
「いや、そういうことじゃなくて」
とヨヲセは鼻の頭をかいた。




