残留の条件
「そこは恐ろしい世界でありました。いえ、恐ろしいというのは私の主観でございます。その世界の空は濁った赤褐色でありました。さらに、空のみならず地上も赤褐色に荒れ果てており、非常に湿り気を帯びて、むせかえるような臭気に包まれていたように感じます。そして……」
ヒネは一度言葉を切ったあと、再び話しはじめた。
「そこには無数の大きな生物がおりました。パムゥで見られるような巨大生物ではありません。もっとこう……体は、例えるなら全体的に丸みを帯びた三角形のような形で、黒っぽくつるりとした固い甲羅のようなものに覆われておりました。横から見ますと薄い飛行艇のようにも見え、三角形の両端には各5本ずつ、細長い足のようなものが付いており、それを器用に動かしながら移動するのです。また各足の一番上にあたる部分はこのような形で…」
ヒネは両手を耳の辺りまで持ち上げ、人差し指と中指を立てたまま手を握って見せた。
「このような、まるで鋏に似た形をしております。三角形の上部には黒々とした丸い目のようなものが二つ。そのような形の巨大な生物が無数、うごめくように地を這っている夢でございました」
ヒネはその光景を思い出し、身をすくめた。
「さようか……」
だがカダは、静かにそう言っただけで瞑目した。本当に心が読めないお方なのだとヒネは実感する。
「ふっ」
ふいにガルシャが笑みをもらす。
「どうだい? カダ……ほかに何か注文はあるかい」
得意そうにガルシャが言う。カダは目を開け、ヒネをまっすぐに見て言った。
「条件がある。明日よりそなたは朝の礼儀会の前にここへ来て、新たな『肉の夢』を見なかったか、またもし見たならその内容を詳細に申し伝えること。さらに毎朝聴くという例の唄に、何か変化がないかも併せて伝えるように」
ヒネは目を上げる。これはもしや、入属を許可していただけたのだろうか……。
「承知いたしました。必ずもれのなきよう、お伝えいたします」
「それともう一つ」
カダは次に、なぜかちらりとヨヲセの方を見てから言った。
「そなたのカムイクジナへの出入りを許すかわりに、寝泊まりはこの塔内としてもらう」
「え?」
ヒネは驚いて目をしばたたく。
「そなたのカムイクジナでの立ち位置は、あくまで神呼見習い仮候補生だ。だから居室も、あくまで仮のもの。もしそれが嫌だというのなら、今すぐ荷物をまとめて故郷へ帰りなさい」
毅然とした態度でカダが言う。
「それは……」
ヒネは言いかけて口ごもる。それは、こちらとしてもありがたい……。
「へっ、なんだい格好つけて! うちのバカ弟子はバカだけど、そこまで節操のないケダモノではないわ!」
ガルシャが突然、吐き捨てるように口を挟んだ。ヒネはなぜヨヲセが関係するのだろうと疑問に思う。
「あ、私でありますか? いやぁ……たしかに、まあ。それについてはちょっと自信がないですねえ」
一方で、矛先を突然向けられたヨヲセ本人は軽口をたたく。すかさずヨヲセの頭にガルシャのゲンコツが飛んだ。
「なるほど」とヒネは察した。若い男女であるヨヲセとヒネが一つ屋根の下で寝起きするのをカダが懸念して、塔内で寝起きするように申し渡したとガルシャは考えたのだろう。
「そういう意味ではない。そなたの家は衛生面で問題があるからだ。だいたいなぜ、いまだに厠が外にあるのだ、危なっかしい」
カダはそう言って、もう帰れというように三人を手で払った。
「そなたの部屋は昨日まで寝泊まりしてもらっていた部屋になる予定だ、問題ないか?」
最後にカダはヒネの目を見て問う。
「も、もちろんでございます」
ヒネは驚いた。あれはてっきり客人をもてなすための部屋だと思っていたが、違ったのだろうか……。
「よかったな、ヒネ」
カダの執務室をあとにし、カムイクジナの詰所に向かう途中でヨヲセがヒネに言った。
「はい……昨晩はヨヲセ様に寝所を譲っていただき助かりました。しかしながら、申し訳なく思っていたのです。それに毎晩というわけには参りませんから、私も今夜は外で寝る覚悟をしておりました」
「よせよ、そんなことさせるわけないだろ? 昨日だって大型で首の長いやつが、すぐそこまで来てたんだぜ?」
ヘラヘラ笑いながら言うヨヲセに、ヒネは目を見開く。
「そ、そんな! なぜすぐ家の中に戻らなかったのです?」
思いのほか語気を強め、詰め寄ってきたヒネにうろたえたヨヲセは
「いや、冗談だよ、冗談」
と、笑ってごまかそうとしたが、ヒネにはしっかり視えていた。昨晩、ガルシャの家近くまでやってきて草を食む巨大生物と、それを眺めながら眠りにつくヨヲセの姿が。
「はあ……」
ヒネは大きくため息をついてから、塔の中で寝泊まりするように言ってくれたカダに心から感謝した。しかし結局、夢の意味も例の唄と同じく、何を意味していたのか教えてもらうことはできなかった。
「今日はこれから、我々、神呼見習いにとって、最も過酷と言われている修行の予定が入ってる。ヒネも見てみるか?」
空気を換えるようにヨヲセは言って、ヒネを振り返る。ヒネは目を上げた。
修行? 断らないわけがないではないか――
ヒネは早足で、ヨヲセの後を追った。




