幼なじみで初恋の人④
結果は、真っ黒だった。
相手は職場の上司で、司と結婚する前には一時期付き合っていたこともあるらしい人物だと判明した。
司が証拠を突きつけ妻に問いただしたところ、妻はあっさり認めた。離婚するのもやむなしといった態度の妻だったが、しかし司は離婚に踏み切ることができずに今に至る。
当該の上司に、妻とは別れるといった念書を書かせ、それと引き換えに慰謝料は請求しないことで、司は自分の中で決着をつけようとしたのだ。
そしてその後、1年をかけてなんとか妻との関係修復を図ってきたのだという。
「この前のカニのビスク、あれも妻の大好物だからさ。結婚記念日の食事に作ろうとしたんだ……だけど」
その日、妻は家に帰ってこなかった。
妻は残業だったと言っていて、それは本当だった。
終電を逃した妻は、会社から近い実家に泊まったのだと話しており、実家側も本当だと証言している。
それでも――
司は項垂れてつぶやくように続ける。
「なんでこんなに心がザワつくのか……自分でも自分が嫌になる。せっかく修復を図ってきたのに、日に日に家に帰るのが億劫に感じるようになって」
一度、裏切られたのだ。そんなに簡単に信頼が戻るわけじゃないと、ジンナは思った。「そんな人、とっとと別れて私にしなさいよ」という言葉が脳裏に浮かぶ。だが、ジンナがそれを口にすることはなかった。
かわりに、司の手に自分の手をそっと重ねてジンナは言った。
「奥さんを信じているけど、信じきれていない自分がいて悔しい……そういうことね」
司は、目を上げてジンナの瞳をのぞき込む。ジンナは、精一杯の励ましを込めて司を見つめ返した。
「司くんは昔から優しいものね。奥さんを疑いたくなるのは当然よ、だから自分を責めないで? でも奥さんのことを愛してるんでしょ、心から。それならやっぱり今は、ただ信じるしかないんじゃないかしら。そしてちゃんと伝えてあげて? 自分がいかに奥さんを愛しているか、奥さんの不用意な行動でどれだけ心配したか。どんなことでもきちんと伝えて話しあうことが、信頼と愛情を積み上げていくってことじゃないかしら」
司はしばし黙ってジンナを見つめていた。
ジンナは、自分が悦に浸って偉そうに話したのではないかと思い至り、はっとする。
「ご、ごめんなさい、私ったら。結婚したこともないくせに偉そうに夫婦のことなんて語っちゃったりして……」
そう言って顔を赤らめる。
「結婚してないの?」
司がジンナの顔をまじまじと見て問う。
「みっともないわよね、40にもなろうかっていうのに……」
ジンナは俯くと、自分が着ている胸元の開いたドレスが目に入り、さらに恥ずかしさでいたたまれない思いがして、逃げだしたくなった。
司はそのあと、「妻ともう一度話してみる」と言って、その日は間もなく帰っていった。
それから、気がつけばもう1年が経とうとしている。
司はあれから一度も姿を見せていない。おそらく妻と話しあい、誤解が解けて丸く収まったのだろう。ジンナは司のことはすっかり忘れ、日々キャバクラで接客に追われながら、変わらぬ毎日を送っていた。
「ジンナちゃん、ご指名です」
待機席でお客とのLINEをぼんやり眺めていたジンナは、突然かかった指名の呼び出しにビクリとした。
「今日は誰か、来るって言ってたかしら……」
訝しみながら通された席には、司がいた。
1年前よりずっと明るい表情で、髪型もパリッと決まっていてますます素敵に見える。
「よかった、まだ在籍してくれてて……」
司の第一声だった。ジンナも自然と笑顔になる。
「実は事務所から独立して、小さいながらも自分で始めたんだ。それでバタバタしちゃって。ずっと、仁奈ちゃんにお礼を言いに行きたいって思っていたのに、なかなか来られなくてさ」
司が明るい声で、水割りを作るジンナに言った。
「まあ、独立したの? すごいじゃない、おめでとう」
グラスの氷をかき混ぜながら、ジンナは司を祝福した。司のいきいきとした顔が、その生活の充実度を物語っている。
「奥様は? その後お元気?」
グラスの底を拭いて、司の前にグラスを差しだしながら、ジンナが笑顔を向ける。
「妊娠したらしい」




