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幼なじみで初恋の人②

「これね、この前料理してて、やっちゃったの。カニの殻と格闘して……」

「カニ?」

 ジンナが大げさに驚いて聞く。

「そう! カニのビスクを作ろうとしてね。妻の大好物なんだ」

 また、ジンナの胸がチクリと痛む。

「カニの身から作るなんて本格的ね~! ほんと、司くんの料理にはいつも感心させられるわ」

 ジンナが思わずこぼした言葉に「え?」と司が目で問うてくる。

 しまった……以前、なんとなくSNSで検索して知ったブログを、毎度見ていたことがバレてしまうではないか。

「って、なんちゃって……あくまで私の想像だけどね」

 あははと笑ってごまかそうとするも

「ひょっとして僕のブログ、見てくれてたりする?」

 やはりごまかすのは無理のようだった。なんと粘着質な女、と思われるだろうか……これではまるでストーカーである。

 だが司は屈託なく続けた。

「嬉しいなあ!じゃあ、いつかブログに載せた本格インドカレー(南部編)ってやつ、見てくれたかな。あのとき、実は大失敗しちゃってさあ……」

 その後も司は、終始楽しく会話をしてくれた。

 結局その日は大人数で接客に当っていたため、何人かのキャストは場内指名をもらっていたようだが、最終的にどのキャストも同じ席の違う椅子をグルグル回されるだけとなっていた。想定以上の客側の人数に、キャストであるキャバクラ嬢の数が足りなかったのだ。ジンナにいたっては忘れられていたのか、呼ばれることすら一度もなかった。

 しかし司はその間、一度たりとも「なんでこんなところで働いてるの?」とか「結婚は?」といった話題をジンナに振らなかった。まるで、ついこの前も会ったばかりの友人とお茶でもしているかのような、気取らず、何の詮索もしないしされない、本当に楽しい時間が流れていった。

 1時間ほどで「明日もあるから」という流れになり、弁護士たちは全員帰ることになった。

「司くん、幸せそうで本当によかった」ジンナは温かい気持ちで見送る。今は子どもができてパパになっていたりするのだろうか? ジンナも自分の近況を話さないかわりに、司のそれもあえて聞かなかった。それでいいのだと思う。今夜の予期せぬ再会は、まるであのころに戻ったかのようで、ジンナの心を温かくしてくれた、それだけで十分だった。



 ところが事態が変わったのは、その2週間後のことである。

 雨が強く降ったその夜、客足がまばらのため早々に閉店することが決まり、ジンナが更衣室で着替えはじめたときだった。

 勢いよく更衣室のドアがノックされる。

「ごめんジンナちゃん、もう着替えた?」

 店長の声だった。

「ほとんど着替え終わりました……あ、ひょっとして送りの車が来ちゃいましたか?」

 ジンナたちキャストは、店が用意してくれた「送り」と呼ばれる車で順番に家まで送ってもらう。しばらく時間がかかると聞かされていたが、思いのほか早く送りの手配ができたのだろうとジンナは察した。

「いや、じゃなくて指名のお客さんが来た。今から席につける?」

 お客さん? こんな雨の日に私を指名で?

「分かりました、すぐにまた着替えます」

 ジンナは訝しく思いながらも身支度を整え、足早に客席へ戻った。

 通された席で座っていたのは……。


 司だった。


挿絵(By みてみん)


 雨で濡れた髪もそのままに、俯いた彼は、いつか会ったときとは打って変わってやつれて見える。

「司くん、どうしたの? こんなに濡れて……お願いします! “かわしぼ”ください」

 乾いたおしぼりをスタッフに頼み、司へと向き直る。

「ごめんね……なんか、帰りたくなくてさ」

 弱々しい声で司が言った。ジンナは形式的に水割りを作り、一応の仕事を済ませたあとで司を見つめた。何をどう聞いていいかわからず、ジンナも黙り込む。

「ああ、何か飲んでいいからね。遠慮せず注文して?」

 それだけ言って司はまた俯く。乾いたおしぼりを持ってきてくれたスタッフにドリンクを頼み、ジンナは司をまじまじと眺める。

 いったい、どうしたというのかしら。何か仕事で大きな失敗をしたとか? でもそれなら、私じゃなくて会社の同僚か奥さんに話すだろうし――。

 ジンナは逡巡したが、適切な言葉を見つけられず、届いた自分用のワインを少しだけ口に含んだ。

「もうずっと前からなんだ」

「え?」

 ようやく口を開いた司だったが、その言葉が何を意味しているのか、ジンナは察することすらできず戸惑う。


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