幼なじみで初恋の人①
ジンナは手早くいくつかのグラスに氷を準備しながら「お飲み物は何がよろしいですか?」とそれぞれに声をかけていく。
こういう団体の接客では、代表のキャスト数名が全員分の酒をまとめて作り、その間は手の空いているキャストが全体に話題を振って、乾杯までの場を協力して盛り上げるのが慣例だ。
酒を作ることに意識が向いていたジンナは、隣に座った男性に時折り目をやりながら適当に世間話をする。だが、男性がジンナを凝視している空気は感じるものの、会話に対する反応が鈍い。こういう所にはあまり慣れていないのだろうと察しながら、全員で乾杯し、一息ついたところで改めて男性に向き直り、ジンナはようやく彼と目を合わせた。
男性は、まっすぐジンナの方を見ていた。四十歳前後であろうか、無駄な肉の付いていない頬のライン、くっきりとした目元に形のよい鼻、薄暗い店内にいても端正な顔立ちであることがはっきりわかる。ジンナは、彼に見覚えがあると瞬間的に気がついたものの、すぐに誰かは思い出せなかった。
「仁奈ちゃん?」
「え?」
ジンナの本名は吉住仁奈という。だが、若いころから近しい友人や親戚には「ジンナ」の愛称で呼ばれることが多く、キャバクラ嬢として働くことになったときも源氏名をジンナにしたのだ。
そして「ジンナ」で呼ばない人は、たいてい名字の「吉住」の方で呼ぶ。家族以外で仁奈と呼ぶ人物はとても少ない、もしその名前で呼んでくれる人、しかも男性がいるとすれば……
「司……くん?」
ジンナは消え入りそうな声で問うた。
「やっぱりそうだ! 似てると思ったんだ。久しぶりだね」
司は、屈託なく言って笑ってみせた。
彼は、氏名を法槻司という。ジンナとは小学校から高校まで同じだった、いわゆる幼なじみだ。
そしてジンナの初恋の人でもある。
また司自身も中学一年生と高校二年生のとき、ジンナに告白をしてくれたことがある。
つまり二人は相思相愛だったといえるが、ジンナの母はジンナが幼いころに司と仲良くすることを禁じたのだった。司の実家は、父親が売れない児童文学作家で母親が弁護士だった。古い価値観で育ってきたジンナの母には、女性が働いて家計を支えるといったことが受け入れられず、司の実家をことあるごとに批判していた。それはやがて嫌悪にも近いものとなったようで、ジンナが司自身と仲良くすることまで、よしとしなくなったのだ。
ジンナは母のことも大好きだった。母が教える価値観は当時のジンナの価値観そのものであり、そのため司と付き合うなど到底できなかったのだ。
司とはその後、別々の大学へと進学することになり、以降は話すことすらなかった。いつだったか、風の便りで司が結婚したと聞く。
実家に帰った際、ジンナはたまたま司自身とすれ違ったことが一度だけある。横には若くて美しい女性がいた。その女性こそが司の妻だったのだろう。二人はいかにも仲睦まじいといった様子で、すれ違ったジンナにはまるで気がつく気配もなかったことを思い出す。
「久しぶりね、元気だった?」
ジンナは営業スマイルを浮かべ、いかにも楽しそうに声を弾ませてみせた。
「うん、仁奈ちゃんも! 楽しそうでよかった」
その言葉にジンナはチクリと胸が痛む。
本音を言えばこんな場所で、こんな姿、司には見られたくなかった。いたたまれなさと恥ずかしさで逃げだしたくなり、早く店長から呼ばれないかと心から祈る。
――早く、早く司の前から消えたい
ふと、絆創膏が貼られた司の指に、ジンナの目が止まる。ジンナの視線に気がついた司は苦笑しながら言った。




