俺の女になれ②
50代ではあるが、金田は独身だ。金田なら結婚相手としては申し分ない。ぱっと見た感じはそれなりに清潔感があるし、何より経済的にかなり余裕がある。自分の長かった独身生活にようやくピリオドが打たれるのかと期待が湧き、ジンナの心はにわかに浮き立つ。
しかし以前、彼からは2回結婚して2回離婚したのだと聞かされている。そのとき、もう結婚は懲り懲りだと話していたが、気が変わったのだろうか。
「だけど結婚する気はないからな。あくまで俺の彼女になるだけだ」
膨れかけていた期待が、見事に幻と化した。
「俺は2回も結婚に失敗したからな、もう結婚は懲り懲りなんだ。それでも彼女は欲しい、女を抱きたいんだ。そしてどうせ抱くなら、やっぱりジンナみたいに、とびきり美人でエロい女がいい。」
なんという率直で、それでいて品性の欠片もない口説き文句だろう。一気に気持ちが沈み、暗澹たる思いが広がる。これが普通に出会った男性なら、「即お断り」だ。だが金田は違う。そう、金田は……
「よく考えて欲しい。これを断れば、お前は大事な太客を失うことになるんだからな」
金田は血走った目でジンナをまっすぐ見つめた。そう、金田はジンナにとっての命綱、太客なのだ。
「もし付き合ってくれるなら今まで以上にここに金を落とす。ほかに行ってるクラブやキャバクラは限界まで頻度を減らして、お前のために使ってやる! どうだ?」
ジンナは唇の端が引きつるのを感じたが、そのまま堪えて必死で口角を持ち上げ、笑顔を作る。
「嬉しい、金田さんの彼女にしてもらえるの?そこまで想ってくれているなんて……嬉しいけど、でもなんだか怖いわ。」
はにかんだフリをして目を逸らしてみたが、金田はジンナから目を離す様子がない。
「し、幸せすぎてね」
ジンナは笑顔を作って誤魔化した。
「だって金田さん、モテるでしょ? だから私……」
「そういうのはいい!イエスかハイか、返事は二択だ!」
金田が顔を近づけ、詰め寄ってくる。いや、イエスかハイなら一択だろうが、とジンナは心の中で舌打ちをする。
「もう一度言う!もしお前が断ったら、俺はもう二度とこの店には来ない。よく考えろ?もしオーケーなら、お前は太客を失わずに済む。それどころか、これからは常時ナンバー1だって夢じゃない」
ああ……もう逃げられない、ジンナはそう思った。おそらく金田は本気だ。
「キャバクラ嬢に本気になる男性なんてバカだ」ジンナは、自分がキャバクラに勤めるまではそう思っていたし、働き出してからは確信を込めてそう思う。だが、その通り「バカ」なのである。人は馬鹿になれば捨て身でなんでも言ってくる、なんでもやろうとする。だからこそ手がつけられない。金田が本気になった以上、こちらはもう、どんな小細工も言い訳も通用しないということだ。
「私、結婚したいのよ……」
ジンナはつぶやくように言って視線を流す。嘘ではない、ジンナの本心だ。四十を目前にしても、やはり目指すところは「結婚」なのである。
「ばかやろう」
金田が鼻を鳴らし、一蹴する。
「俺は2回もしたからわかる! いいか? よく考えてみろ。愛されない妻と愛される恋人、いったいどっちが幸せだと思う?」
ジンナは目をしばたたく。
「妻なんてただの名目だ。結婚したからって、実際に愛されるのはほんの2、3年。寂しいもんだぞ? その点、彼女や愛人なら付き合ってる間はずっと愛される! どうだ? 妻なんかより彼女の方が、よっぽど幸せだと思うだろ?」
いったい、この男は何を語っているのだろう。そんなもの、「愛される妻」が一番いいに決まっているではないか。なぜ妻は愛されないものと決めつけているのだろう。それは自身が、かつての妻たちを愛しきれなかったことを正当化する言葉以外の何ものでもないように感じられて、ジンナは嫌気がさす。
「ひとまず考えさせて? もし金田さんと付き合うと決めるなら、覚悟したいの。中途半端な気持ちで金田さんを愛したくない」
ジンナは、なるべく真剣に考えているのだと見えるように、表情を作って言った。内心は嫌悪感で一杯なのだと悟られぬように……。
「わかった」
だが金田は、ジンナの腹のうちなど気がつきもせず、真剣な眼差しで答える。
「正月明け、最初の営業日にここに来る。そうだ、せっかくだから同伴しよう。そのあとで返事を聞かせてもらう」
そう言い残して金田はその日、店をあとにしたのだった。




