崖っぷちアラフォー女子の婚活②
子どものころからジンナは何でもできた。教育熱心な親のおかげもあって、学校の成績は常に上位だったし、お花をはじめお茶に日本舞踊、ピアノといったお稽古ごとは一通り身につけてきた。また、容姿にも恵まれていたため、どこへ行っても注目の的で、異性からはひっきりなしに誘いを受けたものだ。同性からは羨望の眼差しで、憧れられたり嫉妬されたりもしてきたとジンナは自覚している。
そのうち、誰に言われたわけでもないが「自分の結婚相手は誰に紹介しても恥ずかしくない、完璧な男性でなければならない」そんな風に思うようになっていた。
同級生や会社の同僚が次々と結婚していっても特に焦りは感じなかった。実際に、最近まで男性から声はかかっていたのだ。周囲からも「年齢相応には見えない、若い」と言われ、「その気になればすぐに結婚できますよ」という何の根拠もないお世辞を真に受けていたところもある。
だから気がつかないでここまで来てしまったのだ。あきらかに、風向きが変わっていたにもかかわらず……。
きっかけは、38歳で初めて参加した婚活パーティーでのことだ。
若いころから、そういった社交の場では、たいてい周囲の視線を独り占めしてしまい、ジンナは絶えず周りに人を集めてしまう。それも異性ばかり……。今回も当然そうなるものとばかり思っていた。
参加者の年齢は男女とも25歳から38歳までである。これは婚活の場だ、結婚して子どもを作ることを考えるなら、相手となる男性は若い方がいい。あまり年上の人と付き合うことになっても、子どもが成人する年齢を考えるなら40歳未満の男性がいいだろうと考え、ジンナはこのパーティーに応募したのだ。
当日は、まず一対一で数分ずつ会話をし、全員の会話が一通り済んだあとは、広いホールに移動して各々気になる相手と話ができるという流れだった。一対一の会話が終了したあと、ホールへ移動したジンナは、あえて壁際に立つことにした。一か所に、つまりジンナの周辺ばかりに人が集中するなら邪魔にならない場所がいいだろうという配慮である。
……。
あまりに壁際だと、さすがに人目につかないのだと判断して、ホール中ほどにジンナは移動した。
…………。
皆、近くにいる人とのおしゃべりに夢中で、周りが目に入らないのだろうと理解して、人が集まっている付近へそっと移動する。
………………。
男性数名に囲まれた、花柄のワンピースを着た女性が甲高い声で笑う。その笑い声が耳に響いて不快なので、その場から少し離れ……
「あのお! お姉さんってぇ」
ジンナがドキリとして振り返ると、一人の若い男性がすぐ隣に立っていた。大手小売業者などで「3点10,000円セット」として売られているような安っぽいスーツを着ている。薄い唇をゆがめるような、軽薄な笑みを浮かべてヘラヘラ話しはじめた。
「お姉さんってぇ、なんでこの会、参加したんすかぁ?」
その口調に若干苛立たしさを覚えながら、それでもジンナは微笑みを浮かべて返す。
「結婚したいからに決まっているじゃないですか」
「え~~~」
男はさらにヘラヘラと笑う。
何がおかしいのか? こんな奴、少し前なら見向きもしなかったのだが、今はほかに話しかけてくる人もいないので相手をしてやるより仕方ない。ジンナは引きつりそうな笑顔を顔に張り付け、気を張った。
「いや、俺ギャグかなって思ってぇ。だってさっきの、ほら一対一で話したときに見せてもらったプロフィール、あれヤバイっしょ!」
ヤバイ? いったい何が……ジンナは、何か書きもらしていた点があっただろうかとプロフィール内容を頭の中で思い返す。
「希望条件んとこ! 身長175センチ以上、学歴はMARCH以上か院卒、年収は800万以上が希望でぇ、家事育児に積極的な人って。あんな、書き込み欄からはみ出すほどびっしり書いてる人、俺、初めて見たわ」
男性はケラケラと笑いながらも言い募る。ふと見渡せば、こちらを見てくすくす笑っているほかの男性参加者も目に入る。何のことかわからず、最初はきょとんとしていた女性たちまで、しだいに笑いをかみ殺すように口の端をゆがめていくのが見えた。
「ていうか家事育児に積極的って、お姉さん子どもいんの? 今、いくつ?」
さらに男は続ける。
「さ、38だけど……」
小さな声でジンナが答えると
「違う違う、子どもの年齢だってば!」
とたんに会場の一部で笑い声が上がった。ジンナとこの男の周辺だ。
「子どもなんていませんよ、失礼な!」
ジンナが顔を赤くして語気を強めると、男は一層目を丸くして
「え? じゃあ育児って……これから作るつもり?38歳で!?」
などと大げさに言って、さらに煽る。
いったい何がいけないのだ、何がそんなにおかしいのだ? 職場では第二子、第三子ともなれば優に30代後半、場合によっては40歳を超えて出産する人もいる。それなのにこの男は、女性が38歳ともなれば、子どもは授からないものとでも思っているのだろうか?
慌てて主催者側のスタッフが駆け寄ってきて、事態の収拾を図ろうとするのがジンナの視界に入る。
しかし、嘲りと嘲笑の的になってしまったジンナは、そのままパーティーの終了を待つことなく会場を飛び出したのだった。
そして、その後は婚活に本気になった。
真摯に婚活に向き合って、初めてジンナは気がついた。最近になっても絶えないと思っていた男性からの誘いは、よくよく内訳を考えてみれば、その相手は既婚者か、「年上の先輩なら奢ってくれるだろう」と期待していそうな若い後輩ばかりだったと気がつく。たまに年齢の近い独身男性もいたが、そういう人物は無責任に誰とでも体の関係をもちたがるような、社内でも「要注意人物」の烙印を押されているような男性だった。
さまざまなサービスに登録したジンナは、いろいろな人と出会い、ときどきはお付き合いに至ったこともあったが、結局は長く続かなかった。もはや結婚など、近づけば消えてしまう蜃気楼のようだ。
いったいなぜ結婚がしたいのだろう。




