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崖っぷちアラフォー女子の婚活①

 ヒネはそっと目を閉じ、ある古びた部屋を思い出す。

 パムゥとは違い、その星ではどうやら、人が住む家は地上に作られることが多いようである。



 ーー築40年の冷え冷えとした部屋で独り、こたつの温かさだけを頼りに、ジンナは年賀状の薄い束を手に取った。年々、出す枚数ももらう枚数も減っていく中で、いまだに年賀状を送ってきてくれる律儀な友人・知人を思うとありがたい。

 かじかむ手をこすり合わせながら、一枚ずつ丁寧に表裏を確認しつつ楽しんでいたジンナは、一枚の年賀状で手を止める。

「HAPPYNEWYEAR 結婚しました」のカラフルな文字の下で、ウエディングドレスを着た女性とタキシード姿の男性が仲良く手をつなぎ、顔を寄せ合っている写真がプリントされている。余白部分に手書きで「彼は港区で開業している医師です!」と丸っこい文字で書き添えてあった。

 これはどういう意味だろう? なぜ医師であることをわざわざ書き添えたのか。どこか悪いところがあれば遠慮なく頼ってくださいという一種の宣伝文句だろうか。

 ジンナは嘆息した。そんなわけはない、意味ならわかっている。ただの自慢だ。

 年賀状の送り主は、ジンナと同じ大学の同期生で真理恵という女性である。整った顔立ちで、いつもブランドものの服に身を包んでいた、華やかで大人びた印象の女子学生が脳裏に浮かぶ。大学生のころは、ジンナも彼女もあちこちからデートの申し出を受け、告白され、断るのが大変だったくらいだ。いつも大学近くのカフェでお茶をしながら「今週は誰々とデートに行ったけど、こうだった」とか「誰々から告白されて断ったけど、もうほんと疲れた」といった具合で、まるで愚痴であるかのように語り、実際にはお互いをけん制しあっていた。端から見れば友達のように見えていたかもしれない、実際に本人同士も友達のように振舞っていた。しかし腹の底では「この子にだけは負けたくない」という思いがあり、当時は隠し通せているつもりであったが、今振り返ってみれば、とっくにお互い見透かしあっていたように思う。

 大学を出てから二人きりで会うことは一度もなかった。

 再会したのは大学を卒業後、3年ほど経ってからだった。同じゼミで、当時仲良くしていた同期生の一人が結婚することになり、招待された結婚式でのことだ。結婚したのは、ゼミの中でも一番地味で真面目だけが取り柄といった風貌の小夜子だった。結婚相手は、大手メーカーに勤務してはいるものの平社員で、自分たちより二つ歳上の、眼鏡くらいしか特徴がない地味な男性だった。

「小夜子もやっすいところで手を打ったものね」

 真理恵がワイングラスをかたむけながら鼻で笑う。披露宴で、高砂に座る二人を見ながらあざけるように続けた。

「昔からあの子、冒険しないタイプだったものね。ちゃんとメイクを研究して、髪型とか服装とかしゃべり方とか変えれば、もっとハイスぺを狙えたはずなのよ。何度も本人にそう言ったんだけど、結局いつも安牌ばかり狙うんだから」

 暴走しはじめた真理恵をジンナが制する。

「ちょっと真理恵、やめなさいよ。メイクと髪型と服装としゃべり方って、ほとんど全部じゃない」

 大学の同期生だけで固められた席に小さく笑いが起こる。

「でも、ジンナや真理恵みたいに美人ならいいけどさ。うちらみたいな普通女子は、ハイスぺなんて狙ってたら一生結婚なんてできないよ」

 同期生のうちの一人がため息交じりに言う。

「そうよ!小夜子はむしろ、よくやった方じゃない?相手は大手メーカーに勤務だっていうし」

 別の一人も加勢する。

「大手メーカーがなによ! 私は最低でも医師か弁護士! じゃなきゃ絶対結婚しないって決めてるわ」

 酔いが回ったのか、顔を赤くした真理恵が据わった目で言い放つ。 

「はいはい、お二人はせいぜい医師でも弁護士でも探して、結婚してくださいな」

 やれやれといった様子で同期生たちは苦笑いをしていた。


挿絵(By みてみん)


 今となっては懐かしい思い出だ。ジンナはしばしの回想から戻り、手元の年賀状に再度目を落とす。

 大学を卒業後、真理恵から年賀状が届いたことなど一度もなかった。それなのに自分が結婚したときだけは律儀に出してくるなんて、完全に自慢したいだけとしか思えない、(しゃく)に障る。

「それにしても、お医者さまだなんて……よく見つけられたものね」

 面白くないと思う一方で、感心する気持ちがあるのもまた事実であり、ジンナは繁々と相手の顔を見つめる。ジンナも真理恵も今年で40歳になる。女性が40歳で初婚となると、いろいろな条件を諦めなければならない。若いころは、天井が見えないほど高く積まれた条件を当たり前のように望んでいたが、今となってはせいぜい「定職に就いていること」くらいしか望めない。身長を諦め、容貌を諦め、年収を諦め、学歴を諦め、「本当は家事なんてしたくない!」「両親との同居は絶対拒否!」そんな本音はおくびにも出さず婚活したところで、それでも相手は見つからない。そのような状況は真理恵だって同じはずなのに、医師を見つけてしっかり妻の座に座るとは、さすがとしか言いようがない。しかも港区で開業医……

 ジンナは胸に小さな棘が刺さるような痛みを感じる。しかし「なによ、眼鏡をかけたゾウアザラシみたいな容姿じゃない」と意地悪な言葉を脳裏で吐いて、誰もいない部屋で独り「ふん」と鼻を鳴らした。


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