運命を変えた日②
だが、それから二日後のことである。
突然、住居入り口に備え付けられている呼び出し用の鐘が鳴らされた。応対に出た者が慌てて家の奥へと駆けてくる。
「ヒネ、あなたにお客様よ? なんだか……すごく……」
女性が言いよどみ、言葉を選んで続けた。
「すごく物々しいのだけれど……」
訝しく思いながら、ヒネは慌てて入口へ向かった。ヒネの後ろから「何事か」といった様子で何人かがのぞき込む。
入り口には数名の男女が立っており、皆揃いの衣装を身にまとっている。先日、広場で会った中年男性と同じ衣装で、上質な白の長羽織だ。その、先日会った審神者の男性が、皆を代表するように先頭に立っている。彼は、懐から携帯用の端末を取り出し簡単に操作すると、表示されたとおぼしき通達を読み上げはじめた。
「マガ18番地区6部在住のヒネに告ぐ。カムイクジナの尊カダに変わり、そなたを「カムイクジナ」へ正式に招喚いたす。カダとの面談のあと、大陸の神呼候補として認められたあかつきには、「カムイクジナ」への入属も許可されるゆえ、検討されたし。なお、本招喚状は拒否することも可能である。熟考の上、返辞を願いたてまつる」
読み上げるや否や、ヒネのこめかみに入った電子機器に、今しがた聞いたばかりの招喚状が届いた。脳内に響いた受信の通知音が、何かの起爆装置を押された音かのようにヒネは感じた。男のよく通る声で読み上げられた招喚状は、もしかすると……いや、もしかせずとも家の中にいる全員に聞こえてしまっただろう。
――最悪の展開になってしまった――
ヒネは激しい後悔の念に駆られる。ただ、唄の正体を知りたかっただけなのだ。それがこんな展開になろうとは……。
俯いたまま何も答えようとしないヒネの様子を見て、招喚状を読み上げた審神者の男性が声の調子を和らげて問う。
「どうした? やはりアマトまで足を運ぶのは抵抗があるか?」
「いえ、参ります」
ヒネはそう言って踵を返し、自室へ戻ろうとする。
「焦らずともよい。では、明日の正午に返答を聞きにまた参るゆえ、本日はこれにて失礼いたす」
ヒネの背中に向かって、よく通る声が響いた。ヒネは俯いたまま体ごと振り返り、深く会釈をして返した。
「カムイクジナって、大陸中の優秀な神呼様たちが集まっている組織でしょ?」
「なんでヒネ? リタじゃなくて……」
夕餉の時間、皆と席についてヒネが食事をとっていたところ、ヒソヒソと話す声があちらこちらから聞こえてくる。自分の共同体家族から大陸の神呼が排出されるとあれば、これほど名誉なことはない。通常なら、お祭り騒ぎになってもおかしくないところである。
だがこの日、ヒネの共同体家族では、なんとも表現しがたい微妙な空気が流れていた。皆、知っているのだ。リタが、神呼としての自分の能力をいかに誇りに思っているかを、そして機会があれば大陸の神呼になりたいと常々語っていたことを……。
「ねえ、ヒネには神呼の能力があるの?」
下を向き黙々と食べていたヒネに、共同体家族の中で一番幼いマーシャという女の子が声をかけてきた。予期せず声をかけられたことに驚いて、ヒネは目を見開き、マーシャを振り返る。マーシャは屈託のない大きな瞳でヒネをのぞき込んでいる。
「ごめんなさい……」
しかし、ヒネはそう言って目を伏せるよりほかなかった。
リタを思うとヒネは胸が痛んだ。今、おそらく自分の斜め前辺りに座っていると思われるが、とてもリタの顔など見られそうにない。
幼いころは、自慢であった父がヒネの父でもあると知り、しかも父が先に名を呼んだのはヒネの方だった。少女時代には、自分の存在証明のようなものでもあった社会的獲得点数がヒネより低いと知らされ、ならば、と情熱を傾けた神呼としての活動は成人となってからヒネに出し抜かれたかたちとなったのだ。
こんなことなら、嘘でも「自分も大陸の神呼になりたい」と言って、努力しているふうを装えばよかった。それならば、神呼の能力があると本当はわかっておきながら無能なふりをし、陰でコソコソと出し抜くようなマネをして、リタの夢を奪った「卑怯者」にならずに済んだのではないだろうか……。
「いや……」とヒネはその考えを否定した。どちらにしても卑怯である。こんな策略めいたことを考えている時点で自分はどうしようもない卑怯者なのだ。
結局その晩も翌日も、ヒネはリタと話をしないばかりか、目を合わせることさえせずに、逃げるように共同体家族を出てきた。
だから今更帰れと言われても、どのような顔をして帰ればいいかわからないのだ。いや、むしろ「落とされた」と言えば、リタの気持ちはいくらか晴れてくれるだろうか……。




