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運命を変えた日①


 その唄が聴こえはじめたのは、1年ほど前のことである。


 最初は、はっきりとは聞き取れない鼻歌のようなもので、いつも夜明け前か“肉の夢”を見たあとの目覚める瞬間ときに、それは聴こえるようになった。


 タマヨハベレ ワレニハベレ


 ウタゲノオワリヤッテキタ…


 日が経つにつれ、その唄はしだいにはっきりとした音をなすようになり、やがてうるさいほど脳裏に響くようになった。

 ヒネには、何らかの精霊の唄だとわかってはいたが、それが何を意味しているのか、あるいは何の精霊が唄っているかはわからない。それを判じられるのは審神者だけだ。だがヒネの住んでいたマガでは、神呼は多くいるが、審神者はほとんどいない。

 どうしたものかと悩んでいたとき、唐突にその機会は訪れた。

 その日は、スベラギの塔から各地方へ定期的に派遣される視察団が、マガにもやってきていた。パムゥには“スベラギ”と呼ばれるまつりごとを担う政府のような機関がある。そこには20の部署があり、各部署では衣食住に関わるまつりごとのほかに、医療・教育・情報管理といったさまざまな分野の中枢を司っている。何か困っていることや、その地方だけでは賄えない問題がないかを定期的に見廻って聞いてくれるのだ。

 マガの飛行艇駐機場は、地下にある大広場に直結している。大広場は公共の場所で、各共同体家族から持ち寄られた衣類や食材が並び、また腕を競うように作られた料理などを振る舞う者でいつもごった返している。皆ここで楽しく交流しながら、自分の持ち物と欲しい物を交換したり、仲良くなった者に自身が持ち寄った品物を譲ったりしている。

 ヒネもその日、新しい衣の材料となる品物を譲ってくれる人はいないかと、自分で作った羽織を持参してうろうろしていた。そこで偶然耳にしたのだ。「先ほど到着したアマトからの視察団の中に、今回は“審神者様”がいるらしい」と。

 ヒネはすぐに反応した。審神者様?もし本当にいらっしゃるなら、ここ数か月ヒネを悩ませている“あの唄”について聞いてみたいと思った。

 視察団はすぐに見つかった。人々から歓待され、あちこちから食べ物やら飲み物を勧められている一団がきっとそうだろう。そして、審神者らしき人物もすぐに見分けがついた。上質な白い生地で仕立てられた踝まで届きそうな長羽織をまとう中年の男性である。今までも何度か“大陸の審神者”を見たことがあり、いつも一様に同じ長羽織をまとっている。

 群がる人々をなんとか押しのけ、ヒネは男性の前へ歩み出た。

「あの、もし。お尋ねしたいことがあるのですが」

 ヒネはこの機会を逃すまいと単刀直入に切り出した。男性は片眉を上げてヒネを見やる。

「唄が聴こえるのでございます。いつも同じ唄です。この唄は、何ものの唄でありましょう」

「唄とは?」

 男の声は低く、よく通る声であった。近くに群がっていた何人かが動きを止め、ヒネたちのやりとりを見守りだす。

「はい……」

 ヒネは少しばかり呼吸を整え、毎朝のように聴いているあの唄を口にする。

挿絵(By みてみん) 

 最後まで聞き終わった男の目からは、明らかな動揺の色が見てとれた。

「あの……」

 ヒネがもう一度口を開こうとすると

「そなた、名は何と申す。住まいはどこだ」

 男はすかさず問いただしてきた。ヒネは驚きながらも素直に答えると

「承知いたした。また日を改めて連絡しよう」

 男はそれだけ言ってきびすを返し、周りにいる一団によく通る声で言った。

「予定が変わった。私はすぐにアマトへ引き返すことにする」

 とたんに広場にざわめきが広がる。「もっとゆっくりしていってくださればいいものを」という惜しむ声に見送られ、先ほど来たばかりの視察団と別れた男性は、そのまま次の便に乗って飛び去ってしまった。

「結局、聞けずじまいだった」呆気にとられ、束の間がっかりして立ちすくんでいたヒネだったが、これは何かよくないことを聞いてしまったのかもしれないと思い直し、このことはもう考えないようにしようと心に決めた。


 だが、それから二日後のことである。

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