ミナナミと父の影①
ガルシャに客間から連れ出されたあとは、てっきり塔内の別の場所へ向かうものとヒネは思っていた。ところが、ガルシャと青年は慣れた様子で地下一階の総合案内所を抜けると、そのまま塔の玄関口から地下の街道へと出ていく。どこへ向かうのかとヒネが問う間もなく、しばらく進んだあとに現れた街道脇の階段をのぼり、最上段にある大きな鉄製の扉を開けると、二人はそのまま外側へと進み出てしまった。
ヒネは躊躇する。扉の向こうは想像したとおり地上だった。しかも、周囲には巨大生物を阻むような柵はおろか、街灯すらない手つかずの原野と夜闇が広がっている。いったい、ガルシャと青年は、危険極まりない場所を通ってどこへ向かうというのだろう。しかし、ヒネだけこの場に留まるわけにもいかず、辺りを警戒しながら小走りで二人に付いていく。
「ババ様はああ見えてお優しい方なんだ。だけど言い出したら聞かないところがあるからさあ」
先ほどガルシャを追いかけてやって来た青年が言う。日に焼けた肌と白い歯、人懐こい目をした青年であるが、今はその特徴もすっかり暗闇にのまれて判別できない。かわりに青年自らが手にした電灯に照らされて、衣の上からでもうかがい知れるほど鍛えられた胸の筋肉の陰影が襟元からのぞいている。大陸の神呼とは、かようにも体を鍛えねばならないものだろうかと、ヒネは首をかしげた。
青年は自らをヨヲセと名乗った。短く刈られた髪は切りっぱなしといった感じではあるが、うなじの位置が高いせいか野暮ったい印象はない。年齢はヒネの三つ上であるらしい。
ヨヲセは先ほどからヒネを気遣ってか、いろいろと話しかけてくれてはいるが、ヒネは周囲が気になって話がまったく頭に入ってこなかった。この辺りの巨大生物は比較的温厚な草食の類いで、夜に活動するものは少ないと聞くが、絶対に遭遇しないとは言いきれない。そのうえ、暗闇に慣れていないヒネは、地面のくぼみやら草の根に何度も足をとられ、歩くことすらままならないでいた。
「ババ様じゃない!お師匠様と呼べ!」
ガルシャがヨヲセに向かって一喝する。
「はいはい、すみません」
まるで反省する様子もなく、ヨヲセが返す。
「私の育ったところでは、優秀な女性の神呼や審神者は「ババ様」って呼ぶんだ、年齢は関係なくね。だけどこのババ様……じゃなかった、お師匠様は「ババ様」って呼ばれるのを嫌うんだ」
ヨヲセが小声でヒネに説明をくれる。このヨヲセという青年は、少し変わったしゃべり方をするなとヒネは思った。よく言えば親しみやすいしゃべり方なのだが、どうにも調子が軽く、ともすれば軽薄な印象を与えかねない。だが、ヒネにはこのしゃべり方に心当たりがあった。
「ババってのは、ここじゃただのババア、年寄りの意味なんだ。何回言ったらわかるんだい、バカ弟子め」
ガルシャが振り返りながら睨む。
「まったく、地獄耳なんだからな……」
つぶやくように言うヨヲセを横目で見ながら、ヒネは「地獄耳だと思うならわざわざ口にせずともよかろうに」と思う。
「あの、ヨヲセ様は」
ヒネの言葉に
「なんだ? どうした? なんでも聞いてくれていいぞ!」
と、食い気味にヨヲセが答える。大きな体躯のせいか距離がやたらと近いように感じられ、ヒネはヨヲセから一歩離れる。
「あの、ヨヲセ様はもしや、ミナナミのご出身ですか?」
ヒネの問いにヨヲセは目を丸くし、次いで満面の笑顔になった。手元の灯りに浮かび上がった愛嬌のある顔が、さらに人懐こさを増す。
「なんでわかった?あ、そっか!神呼だもんな。さては私の出自を読み取ったのだな?」
「この感じ……似ている」ヒネは半目になりながら、ある人物を思い出す。ほかでもない、ヒネの父親だ。そして彼もまたミナナミの出身であった。




