リタと社会的獲得点数
窓の外にぼんやりと目をやりながら、ヒネは何度目かのため息をついた。この先は、ここがヒネの住む共同体、つまり「居場所」になるものとばかり思っていたからだ。今となっては、明日以降どうしたものかと悩ましく思う。生まれてからずっと住んできた、あの共同体家族に戻るしかないのか……。ヒネは、自分の胸の辺りがどんよりと重く沈んでいくように感じた。
ヒネが育ったのは、元は母親が属していた共同体家族だ。ヒネを産んでくれた母親はナギといって、深い愛情を注いでくれた“育ての親”でもあるが、ヒネがまだ12歳だったころにこの世を去った。
母が亡くなってすぐのころ、科学を教えてくれていた女性師範のいる共同体家族に、どうしても入りたくて何度か入属試験に挑戦したことがある。しかし、そこは学問を生業とする知識集団で、分野は何でもよかったが一つ以上の学問に精通していなければ所属を許されなかった。入属するには試験を突破しなくてはならず、ヒネは何度も挑戦したが、入属の願いが叶うことは結局なかった。
そのためヒネは、母がこの世を去ったあとも、その共同体家族を出ることなく、ここに連れてこられる数日前までそこで過ごしていた。社交性が乏しいヒネは、共同体家族以外の者との接点はあまりなく、ほかに行く当てもなかったのだ。
ヒネの共同体家族には、ヒネと同い年で同性の娘がおり、名をリタという。
リタはヒネとは真逆の性格で、誰とでもすぐ仲良くなるような明るく闊達な娘であった。リタは、困っている人がいれば、すぐに駆けつけては手を貸し、元気のない者がいれば積極的に声をかけた。何か喜ばしいことがあった者には自分事のように喜んで、どんな些細なことであっても他者のよい行いを見つけては、その評価を統括管理機構へ送った。
そして、統括管理機構へ評価を送ったことは、もれなく相手へ通知した。
統括管理機構とは、社会的獲得点数を人工知能により精査・管理・付与している仕組みのことである。
リタは、隠すことなく自分への評価をいつも渇望していた、ようにヒネは思う。
統括管理機構へ評価を送ったことは相手に通知することもできるし、しないこともできる。また通知に加えて公開することも選択でき、公開されれば(知ろうと思えば、であるが)誰でもその評価を知ることができる。また、逆に非公開にして評価の事実をすべて隠すこともできるのだ。
多くの者は時と場合によって使い分けるが、リタはすべて公開し、もれなく相手に通知もした。つまり通知することで、見返りとして自分への評価も暗に促すのだ。
皆がリタの行動をどう思っていたかはわからないが、多くの者が彼女の望むように振る舞った。評価されて悪い気はしないだろうし、評価を返さないことで自分の評価が下がることを恐れたからかもしれない。
だがヒネは応じなかった。自分が評価をもらったからとお返しに評価をするようなことはしたくなかったし、それがリタ自身のためにならないと気がついていたからだ。
どれだけリタから評価をもらってもヒネは無視し続けた。そして、リタが本当に評価に値することをしたと認めれば評価を送り、しかし通知はしなかった。もちろん公開も一切しないでおいた。しだいにリタは、どんなに評価に値するヒネの行動を見たとしても評価することを止めたが、ヒネは気に留めることなくリタがよいことをすれば評価を送り、そしてやはり通知も公開もしなかった。
リタだけにではなく、ヒネは誰に対しても常に公平であった。リタと同じような評価を求めるが故の行動や偽善を感じるものには厳しい姿勢を崩さず、一方で相手の真意いかんによっては、不愉快に感じる言動であっても、高い評価を送った。たとえヒネ自身やヒネに近しい者にとって不都合な、あるいは不愉快に感じるものであっても、公の視点で客観的に判断した場合、相手の方が正しいと思えばそれにふさわしい評価を送ることが公平だと考えるからだ。そして評価の通知・公開は時と状況をよく考えて使い分けた。評価されたことを知ることで相手のためになると判断すれば進んで通知したし、本人は知らずとも公に知られた方がいいと判断すれば、本人には通知せず公開だけするといった具合だ。
社会的獲得点数は基本的に他人が知ることはできない。知ることができるのは、あくまで本人と養育者、ただし養育者は養育する者が成人になるまでと定められている。だがヒネは、リタの行動から、リタがどれくらいの社会的獲得点数を保持しているのか見当がついていた。
幼いうちは他人の得点数が気になるらしく、折に触れては他人の得点数を知りたがる者が多い。中には簡単に自己申告する者もいて、その者たちの得点数に対するリタの反応は実にわかりやすく、そこからリタが持っている得点数のおおよその目安は簡単についた。だがヒネには少し意外だった。想定していたよりも、どうやらリタの得点数は低いらしい。
それとも逆にヒネの得点数が高いのだろうか? もしヒネの予想が正しいなら、ヒネが保持する得点数はリタの二倍近くあることになる。ヒネは、誰の評価に対しても常に通知や公開をするわけではない。つまり他者から見れば、ヒネは評価を惜しむ人物と捉えられてもおかしくない。そのため、多くの者から頻繁に評価してもらうことはないだろうとヒネは自覚している。
ここから推測するに、おそらくこの仕組みを統括・管理している人工知能は人の心と行動を読んでいる。同じ人間からの頻繁な評価に対する価値は低く、不特定多数の者からの評価の方が価値は高いであろうことくらいは誰にでも予想がつく。だからこそリタは、自分の共同体家族以外の人間も広くまんべんなく評価して回っているのだ。
だが、そういった行動や通知・公開の妥当性を含め、人工知能は人の心理や意図を読み取った上で、最終的な獲得点数を判断しているのだとヒネは悟った。それだけではない、本人が行った他者への評価そのものに対しても、人工知能が評価をくだしている。そうでなければ、ヒネはこうも高得点を得ているはずがないのだ。
そのような仕組みに気がついたあとは、社会的獲得点数を稼ぐべくあちらこちらへ顔を出してはせっせと無駄な努力を行うリタを、ヒネは少し哀れに思っていた。
――なんと醜く、愚かなのだろう――
リタのことではない、自分のことだ。ヒネは、そんな自分が嫌いだった。ひどく狡猾な人間に思えたからだ。リタにこのことを伝えてあげることもできるのに、それもしないで陰でただ哀れに思っている。どこかでリタに対して優越感を抱いていたかったのかもしれない。
ヒネの母が亡くなったあと、リタの母親がヒネの新たな養育者となってくれた。ヒネの母親とリタの母親は、二人が幼いころからの親友だったからだ。リタの母はアニタといって、優しくて気のいい女性だったが、少々口の軽い女性でもあった。
彼女がヒネの養育者になってしばらく経ったある日、リタが泣きはらした顔で、住居内にある内庭の椅子に座っていたことがある。ヒネはどうしたのかと声をかけようとしたが、顔を上げたリタの、ヒネを見る表情で状況を理解した。どうやらリタは、ヒネの社会的獲得点数を知ってしまったようだと――。
YouTubeで、作者みずから読み上げた動画を投稿しております。
イラストはAI生成画像ですが、YouTubeでは未掲載のイラストも多数載せているので、興味があればのぞいてみてください。↓
https://youtu.be/bt8bvC5cj7k




