カダ16歳ー出会いー③
若い少女が一歩前へと進み、両手を大きく広げる。深く息を吸い、天を仰いで目を閉じた。
しばらくの間、静寂が辺りを包む。次の瞬間、少女が叫んだ。
「アーギャギャギギャ!ガギャガ、ガギャガ!キャッキャッキャッキャ!!」
突然、奇声を上げたかと思えば、次には両手を大きく上下させながら飛び跳ね、大型の鳥をまねするかのような動きを、少女が始める。
少女の異様な振る舞いに、失笑する者もあれば、唖然として見ている者もある。隣にいる審神者と思しき女性も、観衆の反応につられ、苦笑を浮かべながら少女を眺めている。
だがカダは、顔を引きつらせたまま固まった。
「いったい……いったい何をしているのだ」
カダの足は思うよりも先に動いていた。向かった先は、白く上等な長羽織をまとった女の元である。その審神者に向かってカダは叫んだ。
「いったい、何をなさっているのです!? あなた様は審神者でございましょう。なぜそのように笑っていられるのですか!?」
突然、目の前に現れた見知らぬ男子が必死で訴える姿に、審神者の中年女性は眉をひそめる。
要領を得ない様子である中年女性に、一層苛立ってカダは続けた。
「間もなく雷が大地に落ちる、炎が渦巻く、今すぐ逃げよ、と伝えておられます! なぜ皆に警告せぬのですか!? 今すぐお逃げください!」
カダの叫び声に誰もが一瞬固まった、まさにそのときである。
突然、目の前が真っ白になると同時に、引きちぎられた空が大地に叩きつけられたような轟きが、すぐそばに落ちた。
音のした方を振り返れば、大木が真っ二つに割れ、激しく火を噴き上げている。とたんに、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ出した。
惑星パムゥは酸素濃度が高い。そのため、ひとたび火がつけば、たちまち辺りは炎の海と化してしまう。だから、パムゥではほとんど火を扱わず、かわりに地磁気を利用して発電を行い、営みのほとんどすべてを電気で賄っているのだ。
一瞬のうちに辺りをとり囲んでしまった炎の中で、カダは、自分に一番近い場所にいた、演台上で茫然とたたずむ少女の手をとった。
少女の手を握り、無我夢中で走る。多くの者が地下へ続く入口に詰めかけ、ごった返しているのをカダは横目で捉えた。
しかしカダは、迷わずその場所を走り過ぎ、そのまま力の限り走った。おそらく地下通路に逃げ込んだところで、中心部に向かう途中に作られたいくつかの防火扉は、すでに閉められているだろう。そうなれば煙に巻かれて絶対に助からない、一瞬の判断であった。
巨大生物が入ってこないようにと建てられた柵の間をすり抜け、少女の手を引いたままカダは全力で走り続けた。この先、巨大生物に出くわすことがあっても、炎に巻かれるよりは生存の確率がある。迷うことはなかった、ただ無我夢中で走り続けた。
どれくらい走っただろう。少女が、激しく咳こんだのが聞こえ、ようやくカダは足を止めた。
「大丈夫か?」
カダが少女に問うと、手の甲を口にやりながら少女はうなずく。振り返れば、火の粉を巻き上げ、依然として燃え盛る木々は、だいぶ遠くにあるようだった。
いくつかの飛行艇が遠くの方からやってきて、大量の砂塵を上空より撒く様子も目に入った。ひとまず難を逃れたようで、カダは胸を撫でおろす。
気がつけば、いつの間にか辺りは激しい雨となっており、カダも少女もびしょ濡れだった。
「あんた、なぜわかったの?」
少女が息をきらしながらカダに問うてきた。
「え?」
カダは、少女の言っている意味がわからず、言葉に詰まる。
「なんで雷が落ちるってわかったの? 炎が渦巻くって」
「ああ……」
ようやく、少女の言わんとすることを理解したカダは、何でもないことのように言った。
「そなたがそう言っていたからだ。あの……アーギャ……なんだったか。すまない、私にはそれを言葉にする能力がないのだ」
少女の目がたちまち大きく見開かれる。
「あんた、大地の精霊の声を判じられるの!?」
だがカダは、少女の目を見たまま不思議そうに答えた。
「あれは大地の精霊の声じゃない、雲だ」
「雲?」
不思議そうに問い返す少女に、カダは薄く笑って答えた。
「空の雲。ここに降り立った時より、騒がしかった。だが、私にはその声を聞くことはできても、言葉にする能力はない。だから、何を言いたいのかわからなかったのだ。けれど、そなたが言葉に……音にしてくれたから……」
そう答えながらカダは、これからどうするかを考えていた。劇団の仲間たちは、「家族」はどうなっただろう……。
しかし、カダは瞑目した。カダは、その安否すらすぐにわかってしまう自分の能力が哀しい。
「とりあえず、今は考えても仕方ないよ。スベラギの塔へ行こう」
まるでカダの考えを読んだかのように少女が明るく言って、今度は少女がカダの手をとった。「そうか、この者は神呼であったか……」カダは、自分の心を少女が読むのは容易いことなのだと気がつき、力なく笑って、その手に任せることにした。
少女は、自身をガルシャと名乗った。




