何光年も詠い続けた恋の唄②
ヒネは視線を上空へやり、静かに目を閉じて、初めから諳んじた。
――マドイコカスニマイ
――メジヲナユシルアオタナ
――ケオツミテナモ
――ソボシマロハユメレ
――トボシトンノネニモ
――スワリヲイセノアマシ
以上でございます、とヒネが結ぶと、カダは突然笑い出した。
なぜカダが笑っているのかわからず、ヒネは放心する。
「それだ、それが聞きたかったのだ。まさか、私と同じ声を聴いてくれていた者がいたとは、心が弾む思いであるよ。なるほど、どうやら正しいのはそなたの方であったようだ」
ヒネはますますわからなくなり、カダに尋ねた。
「正しいとは、どういう意味でございましょう」
「先ほどの、おつき星が海を引っ張っておることについての、そなたの解釈だ」
「と、おっしゃいますと……、わたくしが今しがた諳んじた“おつき星の声”は何を申しているのでしょうか」
するとカダは、先ほどのヒネと同様、視線を上空へ向けてゆっくりと語りはじめる。
「さようであるな……それは一種の詩のようなものであろう。我々の言葉に訳すならば、こんなところであろうか。」
そう言って、カダは詩を詠みはじめた。
――幾許くも 求むればこそ
――あなやいづくやと尋ねらむ
――しかれど まだきあぐねれば
――暖けし陽のもとにて息まむとせり
――さらば御前にましますは たそか吾が君
――しかり、まがふ方なき言ひあらまほし
カダの訳した詩を聞いたヒネも、ふっと笑みを浮かべる。
「なんと、思慕あふれる恋歌でございましょう」
――こんなにも探し求めているのだから【幾許くも 求むればこそ】
――あなたもきっと私を探してくれているのでしょう【あなやいづくやと尋ねらむ】
――ですが私はもう、待ちくたびれてしまいましたので【しかれど まだきあぐねれば】
――暖かい陽の下で休むことにしたのです【暖けし陽のもとにて息まむとせり】
――ですが、そこにいるのは、あなたですか【さらば御前にましますは たそか吾が君】
――お願いです、どうかあなただと言ってください【しかり、まがふ方なき言ひあらまほし】
だいぶ低い位置まで来ていたおつき星は、まるで恋文を読まれてしまった少女のように、恥ずかしげに地平線へ隠れようとしている。今となっては、その詩はもう聴こえない。ヒネはいたわるような気持ちでおつき星を見やる。
「そなたには詫びと礼を申さなくてはならない」
突然、カダがうつむき加減に言った。ヒネは訝しく思って、カダの方を見やる。
「電子書簡のことである。なかなか既読にならなかったゆえ、やきもきさせてしまったことだろう。許してほしい、怖かったのだ」
ヒネは驚いた。「怖かった」とは、いったい「なにが」であろう。
「そなたの感じたままの記憶であるとすぐにわかった。さすれば、そなたの本心まで見えてしまうやもしれぬと思ったのだ」
「ああ……」
ヒネはようやく理解に至り、少し微笑む。もとより承知の上だ。ヨヲセが宇宙船に乗り込む道筋について送ってくれた書簡ほどではないだろう。それでも、頭の中で見たままを、ましてや感じたままを記録して送るなど、心をさらけ出すも同然である。だが、ヒネはそれでかまわないと思ったのだ。
しかし、他人の本心を視るのは誰でも多少怖いこととはいえ、カダともあろう人物が怖がるなど、少し意外だと思った。
「そして、策謀の主を見つけてくれたのだな。策謀、いや、膳立とでも呼ぶべきか。それは我々すべての願いであり、魂の泉が仕込んだことであったのだな。まさか、あえて設けた「違い」が、再び一つになるための仕掛けであるなど、考えてもみなかった。最初からそこまで考えてのことであるなら、シュバウル人とは、まことに抜け目のない者たちであるな」
恨みがましい言葉に反して、カダはなんだか楽しそうだ。
「まことに感謝をいたす。おかげで私の人生も無駄ではなかったと証明してもらえたようで、胸がすく思いだ。」
ヒネは少し大げさだと思ったが、カダの感謝が純粋に嬉しかった。
「何か礼をすべきだろうが、今となっては何もできない。せめて……」
カダは一度言葉を切った。ヒネは、背後にある立方体に頭をあずけたまま、視線だけカダに送る。
「せめて私の人生のすべてを、そなたに見てもらいたい。受け取ってもらえるか?」
ヒネは一瞬驚いて固まったものの、すぐに相好を崩し、うなずいた。
「もちろんでございます」
カダは、ヒネにそっと顔を寄せた。両手で優しくヒネの頭を支えると、カダは自分の額をヒネの額にそっと触れさせる。
次の瞬間であった。
カダの膨大な記憶とともに、その感情や想いのすべてがヒネに流れ込んできた。
それはほんの一瞬のようでもあり、しかし永遠にも感じられる長く遠い記憶だった。




