何光年も詠い続けた恋の唄①
呆気にとられて空を見上げるヒネに、カダは満足げに言った。
「スベラギの塔は、これにて回収完了である。ちょうどよい頃合いであったな」
半ば呆けていたヒネは、我に返り、カダに向き直る。
「まことに重責であられました、恐れ入ることにございます」
カダは、優しい視線をヒネに向けて言った。
「あと少しだけ登れそうか?」
そう言うとカダは、柱に引っかけてあった長い棒をおもむろに手にした。そして、建屋の天井に向けて棒を伸ばし、どこかに引っかけてゆっくり棒を降ろした。
棒を引っかけた箇所から、いかにも重そうな長方形の板がゆっくり下がり、天井から片開きになる。板の上には、折りたたまれた梯子のような階段が付いていた。カダは、折りたたまれた梯子を引き延ばして組み立て、ヒネを手招きで呼んだ。
今度こそヒネを先に行かせ、カダは下から見守りながらヒネに続く。
建屋の上では清涼な風が吹いており、暑くも寒くもない夜である。おつき星は、ヒニシの空のだいぶ低い位置にあった。やはり今夜は雨が降らなかったようである。カダの言うとおり、ようやく気が済んだのだろうか。
しかし、なんと明るい光であろう。まん丸のおつき星は、辺り一面の闇夜を煌々と照らしている。ふと、塔の外に目をやったヒネは、その海面の高さに驚いた。
スベラギの塔は毎日のように少しずつ崩れ、その高さを失っている。今や床面は決して水平ではないが、それでもまだ横倒しになっていないのが不思議なくらいである。とはいえ、ここまで海面が迫っていようとは、思ってもみなかった。数日前に海を見たときは、まだずっと下の方に海面はあったのに、今は、先ほどまでヒネがいた18階にまで迫る勢いである。
「急速に海面が上昇してきているようでございます……いったい、なぜ」
つぶやくようにヒネが言うと、カダも静かに海を眺める。
「数時間前にはもっと高かったぞ」
次いで、沈みかけたおつき星を振り返ったカダは、くすりと笑った。
「一時的なものやもしれぬ。おつき星が、引っ張っているのではないか?」
「え?」
ヒネがカダを振り返ると、カダは楽しそうに続けた。
「くれてやったはいいが、惜しくなったのやもしれぬ。水を返せと、海面を引っ張っておるのだろう」
ヒネは苦笑する。
「それをおっしゃるなら、私はこう解釈いたしましょう。ようやく出会えたと思った伴侶にすべてを捧げたのに、この先も触れることすら永遠に叶わず、せめてこちらを見てほしいと衣を引いているのでございます。」
カダから笑みがこぼれる。
「ずいぶん夢想的なことを申すな。だが悪くない。」
そう言って哀愁を帯びた目で、おつき星を見つめる。
「まるで、そなたと私のようであるな……」
カダがつぶやくように言った。ヒネは、カダを見上げる。
不意にめまいがして、ヒネはその場に頽れそうになった。カダが慌てて支えてくれる。
今やスベラギの塔が朽ちるが先か、己の命が潰えるが先か、といった具合であろう。
「少し休もう」
カダは、ヒネの肩を優しく抱き、屋根の中央付近にある、石のような素材でできた立方体まで誘って座らせた。立方体にもたれると楽だということらしい。
立方体は二段になっており、下の段より小さい上の段からは、長く太い金属の棒が立っている。おそらくこれも、電気を送るための装置なのだろうとヒネはなんとなく考える。
「マドイ……コカスニマイ」
ヒネがおもむろにつぶやいた。
カダは目をいくらか大きく開き、ヒネを見やる。
「そなた……それは」
「おつき星に尾が付いたあたりから聞こえはじめたのです。最初は何かと思いましたが、おそらくおつき星の声でありましょう」
そう言ってから、はっとしたようにヒネはカダを振り返る。
「申し訳ありません、例の唄ではございませんでしたので、報告はしておりませんでしたが」
するとカダはわずかに首を振って答えた。
「かわわぬ、続きを……続きを聞かせてくれまいか?」
ヒネは視線を上空へやり、静かに目を閉じて、初めから諳んじた。




