最後の職務を見届ける光②
「カダ様、あれは……何でございましょうか」
ヒネの視線の先には、青白くまん丸に輝く、ちょうどラーヨウと同じくらいの大きさの何かが、ヒニシの空に浮かんでいた。ラーヨウにしては光が弱く、星にしては大きすぎる。
「ああ……おつき星であるか」
カダが言った。ヒネは、大きく目を見開いて、カダを振り返る。
「おつき星、あれが……で、ございますか?」
おつき星は、その姿を現して以来、赤みを帯びて白くぼんやり輝く星であった。あのように、くっきりとした輪郭で、よどみなく輝くおつき星を見るのは初めてである。
「ようやく気が済んだようであるな」
カダはまるで、機嫌を損ねた子どもが寝入ってくれたかのような調子で、おつき星を眺めて言う。
もう一度、おつき星に目をやったヒネは、あることに気がついて思わず声を上げる。
「雨が……雨が止んでる」
ヒネの視線は、おつき星が浮かぶ晴れた夜空に縫い止められていたが、カダの「始めよう」の一言で、発・送電装置に向き直る。
発・送電装置の下には、すでに大きな長方形の箱が置いてあった。箱は、車輪付きの板の上に載せられているようだ。
ヒネは、回収用とおぼしき箱を、じっくり観察する。
箱の高さはヒネの太ももくらいまであり、床面の面積は大柄な男が膝を曲げて横たわれば、すっぽりと入るくらいの大きさである。箱の広い側面を挟むように、竿のような長い棒が、それぞれ一本ずつ取り付けられている。全体的に、重厚感がある真鍮のような素材でできた箱だ。最上部の蓋とおぼしき部分は観音開きとなっており、蓋は全開となっている。
中をのぞけば、絹のような光沢のある白地の布が全面にはられている。布の下には綿でも入っているのだろうか。各側面とも肉厚なふくらみを帯びている。
箱の上面から発・送電装置までの距離は、子どもの背丈分くらいは離れている。真下にあるとはいえ、ヒネとカダの二人だけで、発・送電装置を落とすことなく箱に収められるだろうかと、ヒネは不安になる。
おもむろに、カダが発・送電装置を固定している器具をはずしはじめた。事前に指南を受けた通りで、器具をはずすこと自体は簡単な作業である。ところが、手を伸ばしたところで、ヒネの身長ではとても器具に届きそうになかった。何か踏み台のような物はないかと、辺りを見回していると、カダが笑った。
「そなたは何もせずともよい、見ておればよいのだ」
「しかし、それでは……」
ヒネは眉を下げ、申し訳なさそうに言った。
「そばにいてくれるだけでよいのだ。それだけで、十二分に役に立っておる」
カダが、優しい微笑みをたたえながら、ゆっくりと手際よく器具をはずしていく。
ふとヒネは、自分が送った電子書簡を思い出す。魂の泉で、パムゥの潮流を感じたままに記録したものだ。先ほど、たしかにあの書簡は「既読」になっていた。ならば、カダには知られてしまったはずだ、カダに対して抱いていたヒネの淡い「想い」を。
ヒネは、とたんに恥ずかしくなり、目を伏せる。あんなに既読にならないことに落胆していたというのに、いざ開封されてみれば身の置き所がない。自分の心を持て余してしまう思いだ。
カダは、全部で4つある固定器具をはずした。あとは発・送電装置の上部にある取手を上から下へ降ろせば、装置ごとはずれる。カダが取手に手をかけたとき、ヒネの口から思わず声が出た。
「カダ様、それでは下へ落下してしまいます。わたくしがお支えしますゆえ……」
そう言ってヒネが手を出しかけると、カダは笑って制した。
「まあ、見ておれ。それに今のそなたでは支えることなど、到底できまいぞ」
その通りである。ヒネは伸ばしかけた手を収め、成り行きを見守ることにした。
カダが、取手に手をかけ、上から下へと降ろす。すると、ガチャリと金属が外れる音がして、大きな鉄の塊と化した装置が真っ直ぐ落下した。
しかし、観音開きになった箱の上面付近で、何かに引っかかったように弾んで落下が止まる。
ヒネは驚いたが、装置が落下した先、箱の内部を見れば、張り巡る電流の網のようなものが見えた。それが装置を支えたようであるとわかる。そして、装置はゆっくりと向きを微調整されながら、箱の中にきれいに収まってしまった。
ヒネは、目を丸くして言った。
「これは……いったい、どういった仕組みなのでございましょう」
するとカダも、面白そうに答える。
「さあな。私も、何度見ても不思議なのだよ。まったくシュバウル人の技術は、はるか先を行きすぎておって、我々には理解が及ばん」
そう言いながら、カダは次に、全身を使って箱を押し出す。下に敷かれた台車ごと動き、箱は少しひらけた屋根のない空間に出された。カダはそのまま、観音開きになった蓋を両側とも閉める。蓋が開いていたときには気がつかなかった、大きなつまみのようなものが2か所、蓋の上部に付いていた。カダは順番に、つまみを90度ずつ回転させる。またガチャリと、今度は金属と金属がかみあうような音が響く。
「離れておかれよ」
ヒネの方を見やり、カダは注意を促した。ヒネは一歩、あとずさる。
すると、箱の両側面に取り付けられていた長い棒の先が突然割れたかと思うと、そのまま2枚に別れる。ヒネが驚く間もなく、2枚に別れた板片は自ら動いて、たちまち対の状態で上に向いて開き、竹とんぼの羽根のようになった。間髪入れず、羽根は静かに回転しはじめる。
「これは……」
ヒネが、そう言ったのとほぼ同時に、虫のような羽音をたて、箱がふわりと浮かび上がった。そして、そのままグングンと上昇していき、やがておつき星の上辺りを目指して、あっという間に視界から消えていった。




