甘くて苦い優しい飴玉②
「いかがいたしましたか? カダ様」
ヒネがカダの背中に向かって声をかける。カダはわずかに振り返り、答えた。
「もう一人、そなたと同じく伏せがちな者がおるのだ。その者の安否を確認せねばならない」
そして、カダは一つの扉の前で止まり、部屋の扉を叩く。反応はない。中の者は、先ほどまでのヒネと同じく、気を失っているのだろうか。
応答のない部屋の扉を、そっと開けてカダが中へ入る。
ようやく追いついたヒネが、扉の前に立ったときだった。
「そなたは入らずともよい」
中からカダの声が聞こえる。そしてヒネは、息をのんだ。
わずかな扉の隙間から、たしかに人が寝床に横たわっている様子が見てとれた。しかし、部屋の中には、生身魂はおろか霊魂すら感じられない。すなわちそれは……。
カダが目を伏せながら部屋から出てきた。
「もともと、老齢であったのだ。最後まで無理をさせてしまい、申し訳ないことをした」
静かにそう言って、カダはもと来た廊下を引き返す。
部屋で亡くなっていたのは、老齢の女性であった。おそらく彼女も、薄くなった空気と重力に耐えきれず、命を落としてしまったのだろう。そして他の者はみな、スベラギの塔とともに、水底へと引きずり込まれていったのだ。
「カダ様は、なぜ助かったのですか?」
酷な質問であろうかと思いながらも、ヒネはカダに尋ねた。
「私は食事を辞したのだ。もはや食糧は無きに等しい。少しでも皆の食べる分が増えればいいと思って……」
そう言って黙り込む。見れば、カダもかなり顔色が悪く、頬がこけている。カダは、数日に一度、あるいはほとんど食事をとっていなかったのかもしれない、とヒネは察した。
「もう時間がないな……」
カダは、そう言って窓の外を見やる。今は小降りではあるが、相変わらずラーヨウの姿は見えない。垂れ込める鈍色の雲を眺めるカダの目には焦りがあった。
「まだ、装置の回収は難しいのですか?」
ヒネが訪ねると、カダは伏し目がちに答えた。
「第6塔である氷塊の塔が難航しておるのだ。悪天候のせいで飛行艇をなかなか下ろすことができず、ようやく着陸できたかと思えば、今度はあらゆる物が凍結して作業の準備が整わないらしい。各塔で死者も増えているようだ、どうにか間に合ってくれればよいのだが……」
ヒネは、遠い厳酷の地で、命がけで職務にあたる者たちに思いを馳せる。
どうしたってヨヲセの顔を思い浮かべずにはいられない。ヨヲセは無事でいてくれているだろうか……。
「今はすることもない。時が整ったならば声をかけるゆえ、そなたはそれまで体力を温存しておかれよ」
そう言ってカダは、懐から一つ飴玉を取り出した。
「これが最後の食料だ」
カダは、手にした飴玉をヒネに渡そうとする。
「なりません、わたくしなど生きていても役に立つかどうかもわかりません。ならばカダ様がお召し上がりくださいませ」
しかしカダは、優しく微笑んで言った。
「気にせずともよいのだ。今やスベラギの塔で動けるのは、そなたと私だけだ。そなたに今死なれては困る。それを渡すかわりに、最後まで生きよ。これはカムイクジナのミコトとしての命令だ、よいな?」
そう言ってカダは、ヒネの口に飴玉を押し込む。そして飴玉を押し込んだばかりの手で、ふっとヒネの目元をぬぐった。
知らぬうちに涙を流していたことに、ヒネは気がつく。
カダは静かに自室へと引き返していった。
頬に焼けつくような甘さを感じて、ヒネは飴玉を口の中で転がす。それはとても優しく甘い飴玉だったのに、どこか苦くも感じる味だった。




