表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
124/127

カダの元恋人

「そなたはっ、自分が何をしたかわかっておるのか!」

 ようやくヒネの意識が戻ったとき、カダは寝床の脇に置いた椅子に腰を掛け、ひどく怒っていた。カダ様でも、こんなに怒ることがあるのだな……と、ヒネはまだはっきりしない頭で、ぼんやり考える。

「あ、カダ様……わたくし、策謀の主がわかったのでございます」

 まだ、よく廻らない舌でぼんやりカダにそう言うと、ヒネは自分の頭部に入っている電子機器で、先ほどの記録を送ろうとして気がつく。

 ――すでに送っていた。

 意識が途切れる直前に、万に一つでも、これが最期であってはいけないと、ほぼ無意識の状態で送信したらしい。だが、記録をのせた通知は今も未開封のようである。

「そんなことはどうでもよい! いや、よくもないが……ともかく、そなたは非常に危険な真似をしたのだ。それを、わかっているのかと聞いておるのだ!」

 カダはなおも怒り心頭である。

 意識で魂の泉をたどるとき、あるいは宇宙船に行ったときのような、「意識だけでどこかへ行く」際、意識と肉体が途切れてしまうのは非常に危険である。最悪の場合、二度と戻ってこられなくなり、肉体がこん睡状態に陥るか、命を落としてしまいかねないのだ。

「ひょっとしてカダ様が助けてくださったのですか?」

 ヒネがそう言うと、カダは気色ばんで顔を背ける。

「たまたま食事時だったのだ。そなたを呼んでも反応がないと聞いたので、様子を見に来てみれば……いったい何を考えているのだ、まったく」

 ふと、机の方を見やれば、茶碗に半分ほど入った薄い粥が置いてある。時刻はすでに昼をまわり、間もなく夕刻にさしかかろうかとしていた。

「食事を残しておいてくださったのですね、ありがとうございます」

 ヒネが嬉しそうに言うと、カダは虚を衝かれたようにうろたえる。

「んな……そ、は……腹も減っておるであろう。少ないが、しっかり食べておきなさい」

「はい、あとでしっかりいただきます」

「粥であるぞ? すぐに固まって食べにくくなる。今すぐ食べよ」

 無茶を言うな、と、ヒネは不満に思う。

「そうは言っても、今は起きあがるのもままならないのでございます。食事も喉を通るかどうか……」

 そう言って、のろのろと藻掻もがくようにして、ようやくヒネは寝床の上で上半身を起こす。

「な、ならば私が食べさせてやろうぞ」

 そう言って、カダが茶碗とさじを手に取る。ヒネは目を丸くした。見れば、カダの手がわずかに震えている。

 ヒネは噴き出してしまった。ただでさえ体力を消耗しているというのに、そのうえ笑わせないでほしいと思う。

「大丈夫です。カダ様は、そういったことは不慣れであるようにお見受けいたしますゆえ」

 ヒネが苦笑まじりに、茶碗と匙を受け取ると、カダは不機嫌そうに言った。

「そんなことはない、恋人がいたときは、かいがいしく世話をしたものだ」

 ヒネは、粥に匙をくぐらせた状態のまま、カダを見やる。カダは狼狽ろうばいしたように続けた。

「だらしない女人であったのだ。無理をして体調を崩すこともよくあった」

「さようでございますか」

 ヒネはそっと微笑み、匙をひとすくいし、口へ運ぶ。


挿絵(By みてみん)


「カダ様の元恋人という方にお会いしてみとうございます。ひょっとして今、塔に残っている方の中に、おいでですか?」

 今、塔に残っているのは、カダとヒネを除いて六人だけだ。その中で女性は二人。いずれも中年と老年の女性で、そんなはずはないとわかっているのに、ヒネはあえて問うた。

「もうおらぬ……」

 案の定、カダは静かに言って、椅子から立ち上がる。

「しっかり食べておくのだぞ。いや、しっかりというほどもないか……。せめてゆっくり休みなさい」

 そう言って、カダは部屋を出ていった。

 ヒネは、胸がひどく苦しくなって、ふたくち目の粥を啜る気になれずにいた。

 なぜあんなことを聞いてしまったのだろう、助けてもらったお礼もまだ言っていない。

 ヒネは、自分にはもう関係無いことだという気持ちがあるのに、なぜだか嫉妬にも似た後悔を覚えた。

 手に取ったときから既に温度を感じなかった茶椀を片手に、窓の外で降りしきる雨を独り眺めて、やはりヒネは、ふたくち目の粥をいつまでも啜る気になれずにいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ