スベラギの有志
カダに「策謀の主」を見つけてほしいと頼まれた、その夜のことであった。
突然、ヒネの部屋の扉が激しく叩かれ、ヒネは扉へと向かった。
「ヒネ様!? お急ぎくださいませ。飛行艇は、もう間もなく出るそうでございます」
ヒネは自室の扉を開け、焦った様子で立っている目の前の女性に目礼した。
「わたくしは辞退することにいたしました。わざわざ声をかけていただき、ありがとう存じます」
「え……『スベラギの有志』に、志願なさったのですか?」
ヒネは、笑顔で頷き、そして女性に別れを告げた。
今日の夕刻、その報せは突然もたらされた。今夜にもアマトのほぼ全域が、水没する見込みになったというものだ。ギリギリまでスベラギの塔内に残っていた者たちに、いよいよ最後通告が言い渡された。
塔に残っている者たちを、付近で最も高い丘まで飛行艇で運んでくれるという。しかし、飛ばせる飛行艇は全部で三基。それも、飛行艇の部品回収のため、今夜中に無人操縦で戻って来なければならず、すぐにでも出発するとのことだった。
しかし、発・送電装置の回収作業を始め、スベラギの塔に残された職務はまだある。仮に『スベラギの有志』として塔に残ると判断した場合、すなわちそれば、確実な死を受け入れることになる。
――ここが、いよいよ瀬戸際なのだな
と、ヒネは扉を閉めた後で瞑目する。しかし、スベラギの塔を離れるという選択肢は、ヒネの中にはすでになかった。ヨヲセを見送ったあのときに、ヒネが行き着く先と、そこにつながる潮流は、すでに決まっていたのだ。
再度、扉が叩かれ、ヒネは目を開けた。
「ヒネよ、今いいか?」
カダの声だった。ヒネがゆっくりと扉を開けると、カダの哀し気な目がそこにあった。
「スベラギの塔に残ると聞いた」
心許なげに言うカダに、ヒネはなんだかおかしくなって、ふっと笑う。
カダは何も言わず、ヒネの瞳をじっと見たままだ。その目が「それでいいのか」と問いかけている。
「カダ様より仰せつかった職務を果たすと決めたのでございます。今、投げ出しては、引き受けた意味が無くなってしまいます」
カダは目を伏せて言った。
「すでにわかっておろう。そのような職務など、もはや何の意味もなさぬと。ただ、そなたを引き留めたい言い訳だと思わないのか?」
ヒネは目を見開く。引き留めたい? カダが、自分を?
「思いませんでした。そうなのですか?」
ヒネが問うと、カダは目を逸らして答える。
「もしもそう思うなら、私になど遠慮せずに行ってよい、という意味だ」
ヒネは、ふとガルシャの、亡くなった日の言葉を思い出す。「ああ見えて不器用な男なのさ。すぐに己の本心と違う言動をとる」ヒネはこみ上げそうになる笑いをこらえ、かわりに微笑んでカダに言った。
「カダ様に意味がなくとも、私には意味があります。策謀の主を見つけることでございます。邪魔はいたしません、そばに置いてやってくださいませ」
カダは驚いたようにヒネを見やる。その顔は、やはりどこか心許なげで、しかし嬉しそうにも見えた。
スベラギの塔には、カダとヒネ以外に、六名の有志が最終的に残った。
翌日の明け方には、無人となった飛行艇が三基戻ってきて、部品の回収も無事に終える。
パムゥでは、建造物から日用品として使う物まで、そのほとんどが不用となった際は、なるべく早く自然の状態に戻るように作られている。それは送電塔や飛行艇も同じである。
ただし、発・送電装置と飛行艇を浮かせるのに必要な部品の一部だけは、惑星パムゥにない鉱物と物質が使われている。シュバウル人からもたらされ、借り受けたものである。したがって自然に還ることのない物質である。
もはや送電塔も飛行艇も用をなさなくなる今、それらはシュバウル人に返さねばならない代物だ。そのために、すべての回収を余儀なくされているのだと、ヒネはカダから説明を受けた。
当初の見立て通り、アマトの都市は小高い丘を除き、そのほとんどが翌朝には水没した。スベラギの塔も、地上二階まで浸水している。そして、以前にもまして一層身体は重くなり、階段をのぼるのさえ辛くなった。少し歩けば呼吸は乱れ、横になっていても息苦しさを感じる始末だった。
遠く、爆発音を聞いた気がしてヒネは目を覚ました。
「また、意識を失っていたのですね」ヒネは独り言を言って、今の時間を確かめようと、頭部に埋め込まれた電子機器で時計を確認する。
ヒネは、スベラギの塔に残った日から、日に何度か意識を失うようになった。おそらく酸素が少ないせいだろう……もともと、体力に自信がある方でもない。
カダは、食べられるうちに食べて体力をつけておくようにと、残留を決めた者たちに言ったが、食糧もあまり残されていないのが現状である。
――早く、策謀の主を見つけなければ。
ヒネは焦っていた。
現在、アマトは明け方を迎えようとしている時刻だとわかった。
ヨヲセは、高頂の塔と呼ばれる第五塔にいる、あるいは向かっているはずだ。
今、その辺りは真夜中であろうか――ふと、ヒネは、そんなことを考えた。




