最初で最後の任務③
カダは、瞑目して大きなため息をついた。そして、耳より上の髪の毛を束ねていた紐をほどく。とたんにさらさらとした髪の毛がこぼれ落ち、カダの顔を半分隠した。
「すべてこちらに丸投げとは。本当に、シュガ殿ときたら……」
カダはそう言って、先ほど落ちてきた髪の毛を、さっとかき上げた。
「新しい者たちとは、文字通りの意味だ。この惑星パムゥで、新しく生きていく者たちのことだそうだ」
『我々、パムゥ人の亡きあとに』と、カダは付け加えた。
ヒネは眉をひそめる。
「なぜそんな……」
「そなたが報告してくれた通りだ。ナウラ殿といったか、彼女の話はすべて正しい。間もなく、この星の重力は今以上に増し、酸素量は減ることとなるだろう。それに適応するよう作られた、新たなる者たちだ」
ヒネは、ひどく喉が渇くような気がして、何度も唾をのみ込む。
それを察したかのように、カダがふわりと言った。
「茶でも淹れよう。よき香りのする茶があるぞ」
そう言って立ち上がり、茶の道具が置いてある小机までカダは向かった。
軟らかくしなる木で編まれた小さな籠に、茶筒より取り出した茶の葉を入れる。それを透明な急須に入れ、所定の場所に置く。見る間に下から湯が回転しながら汲みあがり、やがて回転は緩やかになりはじめ、完全に流れがおさまれば出来上がりだ。ヒネは何度見ても、この仕組みが理解できない。透明な急須は、その底に、穴はおろか継ぎ目らしき境目もない。いったい、どうやって下から湯が汲みあがるのか、あるいは汲みあがるように見えているのだろう。
カダは急須を手に取ると、中でゆらめく茶褐色の茶を静かに椀に注ぐ。相変わらず美しい所作である。注ぎながらカダは、先ほどの話の続きを始めた。
「シュガ殿いわく、星も人と同じなのだそうだ。その成長度合いに見あっていない生命体が突如として現れるなら、それはまさに異物、毒と同じだと言っておった。人体に異物が入り込んだなら、考えずとも体外へ排出するべく身体が反応するように、星もまた自身に見あわぬ生命体が現れたなら、自浄作用として排除しようとするらしい。」
今日カダが淹れてくれた茶は、透き通る枯葉色だった。先日の青い茶「百蓮」とは違い、華やかな香りを強く感じる。
カダは、以前と同じように、茶の香りを確かめてから一口啜った。
「つまり、此度の件は、惑星パムゥが我々を排除すべくやっていることであると?」
ヒネは、目を見開きカダに問う。カダは湯呑を机にそっと置いてから答えた。
「どうやらそうではないらしい。だから、惑星の声を聴ける者を見つけてほしいと頼まれたのだ。惑星の『意思』を聴けるものを」
カダが茶を勧めるので、ヒネも湯呑を手に取り、細く息を吹きかける。
「もし今回の機会を逸すれば、やむなく惑星パムゥは死の道をたどるやもしれぬとのことだ。体内に入った異物を取り除かねば、人の身体はやがて病んでしまうであろう? それと同じだ。シュガ殿は言った。それでも惑星パムゥが、我々との共存を引き続き望むなら、彗星の軌道を逸らすことも可能であると。しかし、もしそうでないなら……」
カダはそこで言葉を切った。目は愁いを帯び、鈍い光を浮かべている。言わずともわかる。そうでない場合の結果が、現状であろう。
「その声というのが、わたくしが聞こえると申しました唄なのですね」
ヒネも目を伏せる。カダは、静かに答えた。
「いかにも。それゆえ、ある意味では私の策謀ともいえる。結果を左右することもできたのに、あえてしなかった。完全に、惑星パムゥに、その意思を委ねたのだから」
目覚める前に聞こえるあの唄は、ヒネには、その意図するものがわからなかった。しかし、惑星の「声」を探していたカダには、判じる必要すらない、明確な「声」であったに違いない。
「だが、考えてみれば、そもそも彗星が現れることになったのは、本当に偶然なのだろか」
カダはそう言って、湯呑に一度口をつける。そうして、しばらく黙り込んでしまった。
今も窓の外は雨だ。花の香りを運ぶ湯気が、湿気を帯びた書物の匂いと混じるように消えていく。
「ヒネよ」
カダはおもむろにヒネに呼びかける。ヒネは、口元に近づけていた湯呑を持つ手を止め、カダに視線を向けた。
「そなたに、最初で最後の職務を頼んでもよいか?」
突然の申し出に、ヒネは湯呑を机に戻し、姿勢を正す。
「魂の泉をたどり、此度の件で策謀した者がもし本当にあるようなら、教えてほしい。私とて、魂の泉をたどる能力は、そなたにはかなわん。どうであろう、引き受けてもらえるか?」
ヒネはまっすぐカダの目を見る。
策謀の主がいるのか、ヒネにもわからない。しかし、もしいるなら自分も知りたい。
そして何より、カダに頼ってもらえたことが、素直に嬉しいと感じた。
「かしこまりました。魂の泉をたどり、策謀の有無を含め、わたくしが看破いたしたいと存じます」
ヒネはそう言って、座ったまま礼をした。
しかし、本音を言うなら、スベラギの塔を離れなくてもよい理由ができたことにヒネは安堵した。
今やスベラギの塔を去っていく者はあとを絶たず、スベラギ自体もそれを推奨している。各部署のミコトですら、塔を退去するよう、スベラミコトより指示されているのだ。ヒネなど、すぐにでも出ていけと言われるに違いない。だがヒネにはもう、共に生き伸びようと手をとれる相手などいないのだ。独りでどこかへ逃げて、仮に生き残ることができたとしても、それは果たして幸せだといえるだろうか? 自信がなかった。
先ほどまで小降りだった雨が、また強さを増したように思う。今日、おつき星が昇るのは、もう間もなくのことであろう。




