最初で最後の任務①
スベラギの塔に着くや、カダはヒネに湯殿で温まるよう勧めた。季節は寒い時季ではない。しかし正直に言うと、降りしきる雨に打たれ、身体が冷えていることは否めない。それに何より、体がべたべたしていて気持ち悪い。
「ですが……」
どうしたものかとヒネが逡巡していると、カダが苦笑して言った。
「心配するな。そなたとの面会を反故にする気はない。湯殿から出たら、再び執務室へ来なさい」
それだけ言うと、カダは踵を返した。
ありがたくヒネは、そのまま湯殿へ向かうことにした。
湯殿で温まったあと、カダの執務室の扉を叩いてみれば、すっかりいつも通りのカダが待っていた。「カダ様は湯殿に行っていないのかしら……」髪も乾き、さっぱりとした様子で書類をあらためているカダに、ヒネは訝しげな視線を送る。本当に謎の多いお方である。
「半月ほど前、わたくしがお送りしました電子書簡に対し、カダ様は『承知いたした』の一文で返信なさいました。わたくしのかつての師範、ナウラ様の警告に関する書簡でございます」
ヒネは、ようやく本題を切り出すことができた。
「ああ、覚えておる。忙しかったのだ、一文で返したのが不満だったのか?」
カダは表情も変えず、穏やかな声で返す。
「そうではございません。あれほどの内容です。わたくしは正直、ナウラ様からお聞きしたときは驚嘆いたしました。しかしカダ様は、そうではなかったとお見受けいたします。つまりそれは……最初から知っていたと解釈してよろしいですか?」
ヒネは、カダの表情を寸分も見逃さまいと、視線をぶつける。カダはしかし、たじろぐこともなく、ヒネを見つめて答えた。
「ああ、知っていた」
逆にたじろいだのは、ヒネだった。カダは続ける。
「一年ほど前であった……ハザク、といったか。マガから来たという化学者を名乗る男から聞いておった」
「ハザク様はナウラ様の兄君でございます。しかしそのときは、彗星が惑星パムゥの重力に捕まる可能性があること、またその場合には大量の水が降り注ぐ、といった話しかしなかったと仰っておいででした。水素と酸素が結合し、想定以上の水が降り注ぐとは……それにより、パムゥの全土が水没するといった話は、伝え漏れていたと」
ヒネの声は震えていた。納得のいく説明が欲しいと、懇願にも似た思いでカダに詰め寄る。しかし、カダは静かにヒネを見つめたまま、動揺の色すら見せずに座っている。
「ナウラ様はおっしゃいました。このようなことは科学的に考えてもあり得ない確率で、まさに人智を超えた状況であると。あるいは……」
ヒネは一度言葉を切り、固唾をのむ。心臓の音がやけにうるさい。
「あるいは、誰かの策謀ではないかと」
カダの表情にわずかな反応があったのを、ヒネは見逃さなかった。
「策謀か……」
カダは一つ息を吐き、ようやくヒネから目を逸らして、斜め上の宙に目をやる。その目に、ふと笑みが浮かんだ気がした。ヒネは続けた。
「人智を超えた存在、つまりシュバウル人であればいかがでしょう? 彼らであれば、あるいはできるやもしれません」
「そうであるな……」
必死で主張するヒネを、カダは柔らかく受け流すように返した。
「以前、カダ様はおっしゃいました。シュバウル人に会ったことがあると。それは、どういった用件でお会いになったのでしょうか」
回りくどい聞き方をするヒネに、カダは表情を緩めて穏やかに問い返す。
「何が言いたいのだ。『用が無ければ会わない』というのは、そなたの主張だ。誰もが、用が無ければ人と会わぬ、というわけではなかろう」
ヒネはぐっと唇を引き結んだ。しばし逡巡したのち、意を決してカダに問うた。
「ならば単刀直入にお聞きします。策謀の主は……カダ様ですか?」
カダは少し驚いたように目を見開き、ヒネを見つめた。




