希望をも枯らす塩の雨
塔の外へ出てみれば、想像通り刺すような雨が降り続いている。ヒネはよろよろしながら必死でカダとヒエダのあとを追う。
「そなた……スベラギの塔に残ったのだな」
カダがつぶやくように言うので、雨の音にかき消されて、ヒネは一瞬聞きもらすところだった。
「さようでございますが!?」
逆にヒネは、声をはりあげて返答した。
「なぜだ?」
カダが、今度は少し大きめの声で言ってくれたので助かったが、
「なぜとは、なんでしょう!?」
質問の意味がわからずヒネは問い返す。
「言ったはずだ! そなたは神呼でもなければ見習いですらない、仮の候補生だ。残ったとて何の責任もなかろう!」
一瞬、返答に困ったヒネは、しかし雨音がうるさいのをいいことに、軽口を試したくなった。
「わたくしは存じております。カダ様は、本当はわたくしを重宝がってくださっているのでしょう? 何かまだ、わたくしにもお役に立てることがあるやもしれません」
ぬかるみに足元がとられ、うまく歩けず、前に進むだけで精いっぱいだ。しかし、カダから言葉が返ってこないので、ヒネはカダを見上げて様子をうかがう。よもや機嫌を損ねてはいないかと心配になったのだ。
しかし、見上げた一瞬、カダはヒネの方を見て微笑んでいた、ように見えた。次の瞬間には唇を引き結び、視線をまっすぐ前に向けてしまったため、見間違いでなかった自信はないのだが……。
巨大生物の姿は、今やどこにも見当たらない。死骸らしきものは見かけるが、生きている個体をこの数日見ていない。みな、どこかへ逃げたのか、あるいは……。いずれにしても、巨大生物たちがこれからの世界を生きるのは、人よりも厳しいに違いないとヒネは思った。
ヒネは口の中が塩辛い気がして、手の甲で口元を拭った。すると、手に付いた雨水が口の中に入ったのか、余計に塩辛く感じる。どうやら、おつき星から降ってくる雨水には、塩分が混じっているようなのだ。日によって濃さは違うみたいだ、と外で職務に就いていたヨヲセは言っていた。これも有識者たちが見逃していた誤算であろうか、ヒネは胸の痛みにも似た不安を覚える。
「塩水を大量に浴びせかけられた植物はどうなりましょう?」
ヒネは、答えを期待しないでカダに話しかけたが、カダは鈍い光を目に宿して答えた。
「多くが枯れてしまうであろうな。おつき星からの雨水が完全におさまり、通常の雨が降るようになれば、いずれ浄化もされるだろうが……。それでも、長期間にわたり、植物を栽培するのは難しいやもしれん」
ヒネはぞっとする。ただでさえ重力が増し酸素も減った世界で、食べ物まで育てられないとなると、そこは文字通り地獄だ。そのような世界で、果たして人は生きていけるのだろうか。
「肉は……煮たり焼いたりすれば、食べられるのだろうか」
カダが、数十メートル先で息絶えた巨大生物の死骸を一瞥して言った。
「動物を食べるとおっしゃるのですか?」
ヒネは目を丸くしてカダに問いかけた。
「以前、ある人が言ったのだ、冗談まじりに。巨大生物も焼けば案外、美味いやもしれぬぞ、と。私もその時は、何を馬鹿なと思ったものだが……。しかし、今までより重力が増した世界ならば、必然的に筋肉量も増えるだろう。そうなれば、今以上に良質な蛋白質が必要となるはずだ。それに、植物が育たぬなら、背に腹は代えられまい。そう考えるなら、あるいは……」
ヒネは、先ほどカダが見やった巨大生物の死骸を振り返る。
ずっと前に、故郷のマガにある広場で、魚の肉を食べたことがあると語っていた男を思い出す。気持ち悪がったり嫌悪感を示したりする人々を尻目に、男は「意外と美味かった。あの食感が忘れられない」と語っていた。
そういえば、空と海が青いあの惑星の者たちも、たしか動物の肉を食べていたと思い出す。そのような習慣に嫌悪感すら覚えたものだが、何か歴史的にやむを得ない事情が彼らにもあったのではないかと、ヒネはそんなことを考えながら港まで歩みを進めた。
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