ようやく叶った面談
「話とは何であるか?」
カダの声は、いつもと変わらず穏やかである。
向かい合って座るヒネの顔は、いつになく険しい表情で、正面にある暖色の瞳を見つめた。
「なかなか時間が取れず、申し訳なかった」
今日のカダは、耳より上の髪を一つに束ねていた。執務室の明かりが、滑らかな顔の輪郭を柔らかく際立たせている。まだ昼過ぎだというのに、今日もすでに、カダの執務室には明かりがともっていた。
ヨヲセが旅立った翌日の朝、ヒネはようやくカダとの面談が叶った。約半月前、ミナナミが海底に沈んだ日に倒れたカダは、その後、三日間も床に伏せたままだった。ようやく復帰してからは多忙を極めており、ヒネは一度も面会できずにいたのだ。
「いえ、カダ様がお忙しいのは心得ております。ですので、本題からお伺いしたいと存じます」
ヒネは、カダの執務室に入るよりも前に決意を固めていた。何としても今日、“策謀”について、正確には宇宙船にいた“新しい者たち”について、知っていることをカダに問い詰めるつもりだ。
ヒネは、向かいの席に座るようカダに勧められたが、それを断り、立ったまま話しはじめようとしたときのことだ。
「しばし待たれよ」
カダに制されて、ヒネは出端を挫かれる。
カダの執務室に入ったときから、ヒネは少し気になっていた。カダは、いつも通り穏やかな様子ではあるが、今朝は何かに意識をとられているように感じる。
「いったい、何をしておるのだ……」
カダは、明らかに独り言をこぼした。珍しいこともあるものだとヒネが呆けていると、カダの視線がヒネの方向を捉える。一瞬びくりとしたヒネだったが、カダが視線を向けた先は自分ではないとすぐにわかる。カダが見ているのは、ヒネの背後にある執務室の扉だ。
カダは嘆息して、ヒネに詫びた。
「すまぬ、火急の要件のようだ。ヒネよ、時間を改めてもよいだろうか?」
どういうことかとヒネが問おうとしたとき、執務室の扉が叩かれた。
入って来たのは、中年の審神者で、ヒエダという男性だった。ヒネをマガから招喚する際、出向いてくれた人物である。
「いったい何事だ。それにそなた、なぜまだここにおるのだ。とっくに船に乗っている時刻であろう?」
カダの問いかけに、ヒエダは罰が悪そうに答えた。
「申し訳ございません。実は、最終便の船に問題が生じまして」
ヒエダは説明を始めた。
「最終便?」ヒネの口から驚きが零れる。
アマトの港を出る船はすべて出航済みのはずである。ヒネは電子通信で何度も確認したので間違いなかった。
「実はもう一隻あったのだ。最期の最期まで、造船をはじめ公の職務を全うしてもらった者たちのために用意した船だ」
カダがヒネに視線を移し、説明してくれた。
なるほど、それならば、とヒネは納得した。
しかし、いざ出航を前にして問題が生じたのだという。なんでも乗船権をめぐって、いさかいが起きており、そのせいで数時間も出航が遅れているとヒエダは説明した。
「そこで、乗船権の譲渡を認めてほしいと依頼がありまして……、ですが一方で絶対に認めてくれるなとの依頼も。いずれにしても、それはミコトの判断でなければ許可できないとなり……」
ヒネは、ヒエダという人物をそこまでよく知らない。しかし、今まで何度か見かけた限りでは、このように歯切れの悪い物言いをする人物ではなかったよう思う。それだけ大揉めしており、困り果てているのだろうと察した。
カダは、大きなため息をついてから立ち上がる。執務室の壁に埋め込まれた棚の扉に手をかけ、中から雨具である長羽織を取り出す。ヒエダが慌てて止めようとする。
「カダ様? どこへお出かけですか? いえ、よいのです。ただ一言、譲渡は認めぬ、あるいは譲渡を許可しようと言ってくだされば……」
しかし、カダはヒエダを振り返って表情も無く言った。
「私の言葉など何になる。皆、命がかかっておるのだぞ? かような状況のときは、誰が何を言ったところで、素直に聞くはずもあるまい」
カダは雨具をさっと羽織って、扉へと向かった。事態を察したヒネは、慌てて自室に戻り、自分も雨具を手に、急いでカダを追う。
電力が不安定とはいえ、昇降機は一基だけ稼働している。大陸中の人々が、あらゆる場所を目指して避難していることで、逆に電力にはいくらか余裕が生じたようだ。
昇降機の前でカダに追いつき、ヒネも雨具を着込んでいると、カダがぎょっとした顔でヒネを見た。
「そなた、何をしておる」
「船着場までおいでになるのでございましょう? わたくしもご同行いたします」
「なぜ」
カダは問うたが、ヒネは答えなかった。まさか「このまま面談をうやむやにされでもしたら困りますので」と、本音を言うわけにはいかない。
「ご迷惑はおかけしませんので」
それだけ言うにとどめた。




