大切な時間
「どうだ。私と共に来てくれまいか?」
ヒネは、そう言った父のカイザンを見上げた。
そうか、ミナナミはカイザンの出身地でもあるのだとヒネは思い出す。
ヨヲセと同様に、家族を失った父に胸を痛めたヒネだったが、しかし笑顔を作ってカイザンに答えた。
「ありがとう存じます。ですが、私は参るわけにはいかないのです。気持ちだけ、伴わせてくださいませ」
カイザンは言葉も無く、哀の色を浮かべた瞳でヒネを見つめる。
そして、はにかんだような笑顔を浮かべてから言った。
「承知した。では、ここでしばしのお別れだ。ヒネよ……」
そう言って、カイザンはヒネをぐいと自分の方へ引き寄せ、抱きしめる。
「不甲斐ない父で申し訳なかったな。せめて、生き延びてくれ。どうか、父のことを忘れないでくれ」
カイザンは絞り出すように、声を殺して言った。
「はい……」
ヒネは父の胸に顔をしずめ、やはり絞り出すように答えた。
黒鳥が舞い踊る真っ赤な長羽織をひるがえし、父は去っていった。
初めて抱きしめられた父の胸は、意外なほどにたくましくて、温かかった。
スベラギの塔へ戻ったヒネは、食堂へ向かった。食堂へ到着して、初めて空腹を思い出す。考えてみれば、今日は朝からまともな食事をとっていない。
しかし、いつも賑わっているはずの食堂は、今日はどこか閑散として見える。配膳口まで来てみれば、献立は一種類のみとなっており、その内容も量が少なく粗末なものであった。
「申し訳ありません、食材が手に入らないもので……」
一人ひとりに謝罪しながら、係りの者が食事をよそってくれている。しかし、今や誰もが明日をも知れぬ状況である。文句を言う者などいるはずもなく、むしろ食事をいただけるだけでありがたいといった様子だ。ヒネも礼を言って、温かい膳をありがたく受け取った。
「ヒネ!」
卓に膳を置き、椅子を引いたところで声をかけられた。振り返ればヨヲセがそこに立っている。
「ヨヲセ」
ヒネも静かに笑みを浮かべて、自分の隣の椅子を引いてやる。
当たり前であるが、ヨヲセの膳もヒネの膳と同じである。食べられるだけでありがたいとヒネは思っていたが、自分の倍ほどもある体躯のヨヲセには、どう見ても足りるはずがない量である。今日のヨヲセも、やはり袖のない衣を着た職人の出で立ちだ。おそらく、今日も朝から造船にかかわる職務をこなしていたに違いない。
ヒネは、そっと自分の膳からヨヲセの膳に食事を移した。豆やイモ類といった栄養がなるべくありそうなおかずを優先的に移す。
ヨヲセは目を丸くして、ヒネを制した。
「よせ! ヒネもちゃんと食べなきゃだめだ。ただでさえ痩せすぎなんだから」
しかしヒネは、ヨヲセの瞳をまじまじとのぞき込んで顔色をうかがったあと、不自然に口角を少し上げてみせた。
口を尖らせていたヨヲセは、その“頑張って作っただろうヒネの微笑み”を見て、耐えきれず白い歯をのぞかせて笑う。
「ならば、これはお礼だ」
ヨヲセはそう言って、茶色い団子状の、ヒネも好物である「せいつく」をヒネの皿に入れる。しかし、それは今しがたヒネがヨヲセの皿にわけてやったものではないか、以前にヨヲセが「これが好きだ」と言っていたから置いたのだ。
この無意味なやりとりはいったい何なのだろうと思うと、おかしくなって、たまらず二人で笑いあった。
ふと、ヨヲセと一緒に食事が摂れるのは、あとどのくらいなのだろうと思う。
なんとなく訪れた沈黙が気まずくて、ヒネが口を開きかけたとき、ヨヲセが言った。
「今日は? 何をして過ごしたんだ?」
ヒネは突然の質問に慌てて、よく考えもせずに答えた。
「今日は、父に会いました」
言ってから、はっとする。つい先日、家族を亡くしたばかりのヨヲセに父の話などすべきではないだろう。ヒネは、一層気まずくなって箸が止まる。しかしヨヲセは
「ああ、あのミナナミ出身の? そうだよな」
そう言って、明るく問い返してきた。ヒネは目を上げ、屈託のない表情をしたヨヲセの顔を見て、自身の顔がほころぶのを感じた。
「はい……」
ヒネは、遠くにある窓の外を見やった。外は真っ暗で何も見えない。それなのに、窓にたたきつけられる音が、降りしきる雨を忘れさせてはくれない。
こんな状況がいつまで続くのだろうか、とヒネは思った。
だけど……
こんな時間がいつまでも続いたらいいのに、とヒネは願った。
読んでいただき、感謝します。
投稿の励みになります、★★★★★で応援お願いします
↓(_ _)↓




