黒鳥を背負った救世主②
「それじゃあ、リタに会えたわけじゃないのだな」
「え……」
男性は目を伏せ、言いにくそうに続けた。
「リタがお前さんに会いたがっていたから、てっきり見送りに来て、その帰りかと……。リタたちが乗った船は、ちょうど1時間くらい前に港を出たよ」
ヒネは言葉を失って茫然とした。
「リタもすっかり立派になって、今じゃ皆が頼りにする神呼様だ。リタは、ヒニシよりヒガシに吉ありと言ってな。家族はもちろん、他の者もリタを信じてヒガシへと発っていったよ。私も従うべきだと言ったんだが、私の家族たちは皆、ヒニシへ行くと言って聞かなくてな……」
男性は寂しそうに笑って話してくれた。
どうかご無事で、とお互い気遣いあって、ヒネは男性と別れた。
寂しさと後悔が押し寄せてくる。
ヒネは、リタのことがずっと苦手だった。もっと正直に言うと、疎ましく思っていた。
いつも皆の輪の中心にいて、素直すぎるくらい愛情を求め、求めた以上に愛情を返す。そんなリタが、本当はずっと羨ましかったのだ。
そして勝手に、嫌われている、疎んじられていると思い込んでいた。
自分が恥ずかしい。
もっと早くに素直になれていたらと、ヒネは自分を憾む。
自分がどう見られているかばかりが気になって、実家を出たあの日が、今生の別れになることすら視えていなかった。
悔しさが、あとからあとから浮かんできて、涙があふれた。
「ヒネ……?」
すぐそばで声がして、顔を上げてみれば、そこにカイザンがいた。
ヒネの様子から事態を察したのか、カイザンはヒネの肩に片手を置いて、遠い海を眺める。
「ヒネよ……」
おもむろに口を開いたカイザンを、ヒネはすがるように見上げる。
「信じてやろうではないか、リタを。あれも私の娘だ。つまり、ミナナミ一の神呼、アギチャの曾孫だ。リタが言ったんだろう? ヒガシへ行くのがいいって。なら今は、それを信じてやろうじゃないか」
ヒネはカイザンの言葉で、はっとした。
そして、この期に及んで、自分がまだリタのことを見下していたのだと気がつく。
ヒネには視えていなかった「別れ」をリタは視ていた。ならばどうしてヒネの方が、リタよりも神呼の能力が高いなどといえよう。今回だって、ヒネには視えていない道が、リタには捉えられているのかもしれないのだ。
カイザンの言う通りである。リタを信じようと、ヒネは思った。
ならば、どれだけリタのことが心配でも、魂の泉をたどってリタの未来を視てはいけない。なぜならリタに流れる潮流の先で、万が一にでもヒネがよくない未来をたどってしまえば、それが確定してしまうかもしれない。あるいは無事に助かる未来を視たとしても、その時点で潮流に干渉してしまうかもしれない。
せめて今の状況だけでも、と意識でのぞくことは可能だろう。でもそれをしてしまえば、リタを信じていないことの証明になる。それはすなわち、リタが無事でいることを否定する行為だ。
いずれもできない。リタを信じて、その行く末を知らないでいることが、ヒネに今できる最大の加勢になるとは、なんと皮肉なことだろう。
それでもヒネは信じることにした。
最後まで、手をとりあえなかった妹が、せめて生き延びてくれますようにと心から願う。
リタが船で発った今、通信手段はもはや皆無だ。しかし神呼であるリタが、いつの日かせめて自分を思い出してくれたとき、その想いを拾ってもらえればと、淡い望みをかけて風に託す。
――リタ、ありがとう。
最後まで誤解したままでごめんなさい。
どうか、生き延びて。
そして、この先も幸多からんことを
さようなら――
飛行艇がアマトへ到着したのは、同じ日のだいぶ遅い時間になってからだった。ぞろぞろと降機口を抜けていく人の波をやり過ごし、ヒネは父の姿が見えるのを待った。
父ともこれが最後かもしれない。今日のお礼と別れを告げたかったのだ。
人が流れてくる方向ばかり見ていたヒネに、後ろから呼ぶ声があった。
「ヒネ!」
父のカイザンである。どうやら乗組員は別の降機口から降りるらしい。
「お父様! 今日は、本当にありがとうございました。リタには会えませんでしたが、おかげさまで心がいくらか楽になりました」
ヒネがそう言って微笑むと、カイザンも切なそうな笑みを浮かべて答えた。
「いいってことよ、少しは父親らしいことができて、私も満足だ」
次いで、一拍置いたのちにカイザンは真剣な顔でヒネを見る。
「ヒネ、実はな。あと数日後には、私は飛行艇で大陸を出るんだ。第4の塔「断崖の塔」へ行くことが決まってる。それで……、もしヒネさえよければ私と一緒に来ないか? 2人まで家族を同行していいと言われてるんだ。私の親戚はもう、いないから……まだ乗る船が見つかってないなら、どうだ。私と共に来てくれまいか?」
ヒネはカイザンを見上げた。
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