実家からの報せ②
ヒネは急に胸が苦しくなった。
スヒから聞かされた意外な事実に、ガルシャにいつか言われた言葉をヒネは思い出す。
「あんたは思い込みが激しいのと、不信感が強いのが玉にきずだね」
ガルシャはわかっていたのだ。すべてヒネの思い込みに過ぎないと。
そしてリタは、きちんと読んでいた。あれが、あの日が今生の別れになるということを……。
ヒネは、神呼としてはおそらくリタより優秀だという自負がある、過信ではないはずだ。しかし、リタでさえ読めていたことが自分には読めなかった。それほどに、目が曇っていたのだ。
原因は明らかである。いつも自分は嫌われているのだと思っていた、いや思い込むようにしていた。そして傷つかないように生きてきたのだ。期待して裏切られるのが怖かったから。
リタが自分を悪者にしていると決めつけることで、リタを自分の中で悪者に仕立て上げていた。そうすることで自分を守っていたのだ。
だけど本当は違っていた。幼いころならいざ知らず、大人になってからは、リタはいつもヒネのことを気にかけてくれていたのだ。
目を見開いたまま黙ってしまったヒネに、スヒは気遣うように言った。
「リタに嫌われていると思っていましたか? リタは、途中からヒネを評価しなくなったと思っているでしょうからね。でも本当は、きちんと評価していたのですよ?」
ヒネは、はっとして脳内に映るスヒを見る。
「リタはある日気がついたそうなのです。『ヒネは自分を評価してくれていないと思っていたけど、違っていたみたい』って。評価して、それなのに、それをあえて通知も公開もしてないだけだったって。だから自分もそうするのだと言っていました。『だってヒネはそうするのが好きなのだから、自分もそうしなきゃ公平とはいえないでしょう?』って」
ヒネの目からたまらず涙がこぼれた。今すぐリタに会いたい。そして誤解していたことを心から詫びたいと思った。
「スヒ、リタは近くにおられますか? リタとお話がしたいのです」
しかしスヒは、一度辺りを見回してから困ったように笑う。
「少しお待ちいただくかもしれません。なにしろリタは今、引く手あまたの人気者でして……」
ヒネは驚いて、どういうことかと聞いた。
「ヒネほど優秀ではないかもしれませんが、あれでいてリタの予言はかなり当たることが多いのです。こんな時期でございましょう? 皆さま、次はどうすればいいか、この先どうなるのか、リタに視てもらいたい人が毎度列をなして待っているのです」
予言? ヒネは眉をひそめた。
いくら神呼とはいえ、正確に未来を予知することは不可能に近い。以前、ガルシャにも教えてもらったことだ。この世界は個人・社会と、それぞれ大きな潮流の中にある。潮流の中ではさまざまな分かれ道が常にあり、行き着く先の結果に焦点を合わせるなら、そこに向かう流れに乗ることはできる。
しかし、その過程で必然的に起こる出来事は、不確定要素が多すぎて正確に捉えるのが難しい上に、あらがうことは不可能である。また変に予知し、自然の流れに逆らおうとするならば、流れから放り出されることにもなりかねない。あるいは予知・予言ができたところで、それが広く知られるほどに、潮流は必然的に流れを変えていくのだ。そう考えるならば、予言などまったく意味をなさないに等しい。
「リタは、どんな予言をするのですか?」
ヒネは、恐る恐るスヒに聞く。
「今回、私たちが乗り込むことになった船も、予言で見つかったようなものです。」
「え?」
ヒネは嫌な予感がして、一層眉をひそめる。
「今、ヒニシへ向かう船がほとんどでございましょう? でもリタは、ヒガシがよいと言うのです。実際、シナエズからはヒニシの方角より、ヒガシの方が陸地は近いのですよ。そのうえヒニシへ向かう船はどれもいっぱいで、くじも中々当たらないと聞いておりました。ところがリタの予言通り、ヒガシへ向かう船に申し込んでみたところ、全員が乗れることになったのです」
そう言って、スヒは満面に笑みを浮かべてみせる。ヒネは肌が粟立つのを感じた。
なぜヒニシが推奨されているのか、わかった上での判断だろうか……。たしかに、パムゥ以外の大陸を目指すとき、距離だけを考えるならシナエズからはヒガシへ向かう方が近い。
しかしシナエズがあるカミカタ(北)に面する海流は明らかにヒニシへと流れているのだ。しかも、仮にパムゥ全土が水没するなら、ヒニシへ向かう流れは一層強まると予想される。
それだけではない。この数日間、絶え間なく降り注ぐ雨は「おつき星」から降り注いでいるものだ。毎日ヒガシの空から「おつき星」が昇るころ、雨脚は強まり、とんでもない量の水が降り注いでくる。そのため、少しでも「おつき星」から逃げる方向へ進む方が、一日のうち航海に当てられる時間が長くなるため、一番時間を稼げる逃げ方なのだ。
ヒネはスヒに、いったいどこから説明しようかと考え、口を開きかけたときだった。
突然、視界が真っ暗になった。
正確には、部屋の明かりがすべて消えた、停電したのだ。
スベラギの塔には、いざというときのために予備の畜電装置が用意されているため、灯りはすぐについた。しかしこれは一過性の処置に過ぎず、このまま電力が復旧しなければ、いずれまた切れてしまうだろう。
ヒネは、こめかみの電子機器を通して、スヒに呼びかけてみたが応答はない。脳内で視聴できる映像も遮断されたままだ。スベラギの塔は予備電源で一時的に復旧しているが、仮にスヒのいる場所も停電しているなら、応答することは不可能であろう。
仕方がないのでヒネは談話室をあとにし、カムイクジナの詰所に向かった。
昇降機は動いておらず、階段での移動を余儀なくされた。ミナナミの危機を報せるために階段をのぼった日も、相当苦しかった。しかし、今日はさらに身体が重く感じる。意識だけで宇宙艇に向かい、しばらく調子が悪かったせいだろうか? そう思って周りを見れば、他の人も苦しそうに見えた。
――確実に重力が重くなり、酸素が減ってきている
そんな考えが頭からぬぐえず、ヒネは、自分の肺がさらに押しつぶされるような気持ちになった。
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