突然もたらされた凶報
必死の思いでようやく18階までたどり着いたヒネは、迷うことなく目的の扉を目指す。18階は、神呼や審神者が所属するカムイクジナの部署が入っている階だ。ヒネは全力で駆けているつもりだが、速足で歩くくらいの速度でしか進めない自分に苛立つ。そうしながらも、ようやく目指す部屋の扉が見えてきた。
ヒネは、息を切らしながらカダの執務室の扉を形式的に2回たたき、そのまま返事も待たずに扉を開けた。
「カダ様、大変です!」
しかしヒネは、扉を開けたところではっとした。
目の前にいるカダは裸で、こちらに背を向けた状態で立っていた。ゆっくりと顔だけでカダが振り返る。
ヒネは慌てて扉を閉め、叫ぶように謝罪した。
「失礼しました。申し訳ございません!」
ヒネの心臓は早鐘を打ち、自分の行動を恥じる。
考えまいとするが、今しがた見たカダの姿が脳裏に焼きついて離れない。カダはかろうじて下の裙は履いていた。しかし顔が赤く、呼吸も乱れていたように思う。
――カダ様はお一人だっただろうか――
「かまわぬ。急ぎなのであろう? どうした?」
だが部屋の中からは、落ち着いたカダの声が返ってきた。その声の響きは優しい。
ヒネは、ここへ来た本分を思い出し、顔を上げる。
「ミナナミが……ミナナミが間もなく沈みます!」
すぐに執務室の扉が開いた。
「それは、まことか?」
カダはすでに上の衣も着ていたが、やはり呼吸が乱れ、顔が赤い。
ヒネはカダの顔をしっかり見て、深くうなずいた。
「声を拾ったのはヨヲセです。読み取りましたのは私ですが、間違いございません。あれは大陸の、大地の声であります」
カダの顔色が変わり、そのまま部屋を出てどこかへと速足で向かい始めた。ヒネもそのあとに続くことにする。
扉が閉まる前に、ちらりと中を見たが部屋は無人だった。ヒネは、先ほど邪推してしまった自分を恥じ入った。
カダが向かったのは、カムイクジナの詰所の奥にある通信室だった。通信室は各部署にあり、定期的な情報公開や重要事項の発表が行われる際に使われる――と、最初にカムイクジナを案内してもらった日に、ヨヲセから説明を受けた。
カダは滑り込むように通信室の椅子に座ると、赤く「緊急」と表示されている釦を押し込み、続いて「陸全人」の釦も同じく押し込んだ。
通常の場合、発表された情報は各人に通知のみが届き、都合のよいときに各自で開いて確認できるようになっている。しかし「緊急」の場合は否が応でも各人に即時届き、強制的に内容も開封される。そのため、今まで使われたことはほとんどないとヨヲセから聞いていたし、ヒネもそのような情報を受け取った記憶はない。
「カムイクジナより焦眉の急を申し伝える。現在、ミナナミ全域に水没の恐れあり。ミナナミ地区の者は、即刻地上へ上がり避難されたし。繰り返し申し伝える。これは焦眉の急である。ミナナミ全域に……」
カダの発表は無線通信によって、パムゥ全土へと即座に行き渡る。ヒネの脳内にもカダの声が響き渡っていた。
しかし、明瞭なその声と違い、目の前にいるカダの様子は明らかにおかしい。先ほど通信室へ向かう際も、どこかおぼつかない足取りで、顔色も非常に悪かった。
カダは、3度ほど緊急連絡を繰り返し、通信を一度切ると、直ちにどこか別の所へ連絡しはじめた。会話の内容から、どうやら飛行艇の手配を行っているようだとわかる。すでに本日の運航が完了した飛行艇を、できるだけ多くミナナミへと、急ぎ飛ばしてほしいという依頼だ。
それが終わると、ガルシャの後任である新しい神呼頭を呼んだ。皆で協力して緊急通信を継続的に行うことと、情報を集め、新しいことがわかり次第各所に情報共有する旨など、手際よく指示を出している。
しかしそうしている間にも、カダの顔色は一層悪くなり、目もうつろになっている。ヒネがたまりかねて、一歩踏み出そうとしたときであった。
突然、その場にくずおれたカダは、そのまま意識を失ってしまった。
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