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立場

 今日は残業をせずに、市内にあるレンタルスペースに来ていた。


 私はノートパソコンを持ち込み、慣れないながらもWeb会議を設定している。


日向(ひゅうが)くんお久しぶり」


「山本さん、元気していましたか」


「うん、悪戦苦闘しながらもなんとかやっているよ。日向くんはどう?」


 私は同期入社の日向くんとパソコンの画面越しに世間話をする。日向くんは労働組合の委員をしており、今回の相談にも乗ってもらっていた。


 相談というのはちなみの職場復帰、もしくは出向先の転換だ。

 ただ、組合からの答えは、人事部への要望は難しいとの回答だった。でも、何もしないよりも可能性があればと、私と組合委員の日向くんが直接、人事部に交渉することになった。


「ところで、会社の状況はどう?」


「かなり大変な状況です。フライト数は減っていても、やることは変わりませんからね。人員減でみんな疲弊していますよ」


 日向くんはため息をついて、話を続ける。


「ワクチン接種が進んでも、感染者数は高止まりしていますし、コロナ終息が見えない中でもがいている状態です」


 会社が大変な時に、こちらの都合ばかりを物申すのは躊躇われる。

 しかし、ちなみを助けるにはこの手段しかなかった。


「そういえば、ちなみさんは今日のことを知っているのですか」


「話はしているけど、反応はあまりなかった」


 ちなみの症状は日が経つにつれて、悪化しているようだった。休めば休むほど復帰が難しくなり、追い詰められる。早くこの状況を打破する必要があった。


「そろそろ時間ですね」


 日向くんが人事部のWeb会議室に接続する。


 画面には人事部の担当者が2名映っている。一人は私に出向を突き付けた人事課長、もう一人は見知らぬ男性だった。


「それでは、臨時の団体交渉を行います」


 日向くんが画面の中で、要望事項を読み上げる。


 新型コロナウィルスの影響により出向した一部の社員から待遇に不満が出ていること。

 急な出向命令により出向先での受け入れ準備が整っておらず、研修などがほとんどなく業務に支障が出ていること。

 また環境の変化に伴い体調不良となる者がいることを告げた。


 早急に待遇を改善し、必要な研修等を出向先に実施するように求め、体調を崩している者には配置転換を行うよう要求した。


 それに対する人事部からの回答は、こちらの要求を突っぱねるものだった。


 待遇は出向先と同等と決まっており、これ以上の要望には応じられないこと。

 研修等についても、適切に実施するよう依頼しており、十分に遂行していることが確認されていること。

 最後に体調を崩している場合は、休暇制度を利用して回復に努め、出向先の変更や配置転換には応じられないことが告げられた。


「納得できません」

 思わず、私は反論する。


「個人的な意見で申し訳ないですが、私は待遇も研修も今までのやり方で構いません。ただ、体調を崩した職員には十分な配慮が必要だと思います」


 日向くんが何か言いたそうにしていたが、私は続けた。


「出向先で頑張っている職員が苦しんでいるんですよ。それを会社は黙って見ているのですか」


「山本さん、君は大きな勘違いをしている」

 人事課長が静かな声で、私を制してくる。


「当部の最大の使命は、会社が破綻することなく、雇用を守ることだ。そのために、出向という選択肢しかなかった。それを拒否することは、会社を潰すことになり、雇用が守れなくなる。それこそ不幸な者を大勢生むことになる」


「大義名分はそれでいいと思います。ただ、それで苦しむ人が出たときは、柔軟に対応すべきです」


「例外は認められない」


「何故ですか!」

 思わず、声を荒げる。


「我々は出向先に職員を受け入れるようお願いしている立場だ。それをこちらの都合で変えるわけにはいかない」


「それでは、体調を崩した職員は辞めろと言うことですか」


「残念だが、本人が選んだのであれば致し方ないだろう」


 その言葉を聞いて、会社の真意が分かった。でも、そこで引き下がるわけにはいかなかった。


 人事部の両名と言い合いが続く。しかし、話は平行線のままだった。





 予定の時間が過ぎた時だった。人事課長が日向くんに話しかける。


「組合の方は席を少し外してもらえないだろうか」


 日向くんが私にどうするか目配せする。私は小さく頷いた。


「分かりました」

 日向くんが画面から消える。


「先ほどまでは組合の人間がいたため、直接的な物言いとなってしまい、すまなかったね」


 相手の表情が少し和らいでいる気がした。


「組合との交渉はすべて記録に残るため、余計なことが言えないのだよ」


 話し方も優しい。これはどういうことだろうか。


「まずは、出向している方々には苦労を掛けており、申し訳ないと思っている」


 私は相手の話を黙って聞いていた。


「山本さんも苦労しているのではないか」


「……最初こそ戸惑いはありましたが、今は職場の方々に支えてもらいながら、働いています」


「そうか、それはよかった」


「はい、私はまだ恵まれています。ただ、そうでないものもいます」


「沢口ちなみさんのことだね」


 私の無言は肯定と捉えられる。


「彼女だけでなく、何人かが体調不良を訴えていることは、こちらも認識している。しかし、出向先を変えることやこちらに戻すことはできない」


「どうしてですか」


「受け入れてもらっている企業にもかなり無理を言っている。給与も福利厚生費などもあちらもちだ。体調不良が起こるたびに人員を変えるということは、企業間の信頼に関わる。それに病気を患ったものを出向元から受け入れる企業なんて、どこにもない」


「それでは、こちらに戻したらいいじゃないですか」


「もうそんな余裕なんてないのだよ」

 人事課長の顔つきが厳しくなる。


「業務もないのに、給与や福利厚生費だけを払い続けることは、今の状況では到底できない。今回だけというような例外も認められない」


「では、どうすれば」

 相手の本音を探る。


「先ほども少しだけ触れたが、出向先が了承するのであれば、こちらの制度での有休や傷病休暇を利用する。それを消化した後は、長期休職制度を利用することになる。ただし、休職扱いとなると給与は出ない」


「給与が出ないのなら、結局は……」

 はっきり言うのが憚れて、言葉を濁す。


「貯金などを取り崩して生活するしかない。それも難しくなった場合は、自宅に戻るなりして生活を切り詰めることになる。ただ、休職も30歳未満だと6か月が限度だ」


「体調が回復したら、元の会社に復職はできるのでしょうか」


「それは今後の状況次第だが、今のままでは難しいと思ってほしい」


 体調が回復しても、出向先で働かなくてはならない。休職しても給与は出ず、6か月以上過ぎると退職となってしまう。どちらにしても、ちなみにはつらい選択だ。


「沢口さんは、ご家族には話されているのでしょうか」

 課長の隣にいる職員が穏やかな声で問いかけてくる。


「いえ、話してないと思います」


「失礼ですが、通院していることは聞いていますか」


「いえ、聞いていません」


「このような場合は、やはり家族や専門医に相談することが大事かと思います」

 人事課の職員が優しく諭すように話す。


「山本さん、沢口さんにまずはご家族や専門の方に診てもらうように言っていただけませんか」


 返事ができない。

 ちなみの家族に迷惑を掛けたくない気持ちや病名が付くのが怖いという気持ちは十分に理解できる。ただ、家族に話すことや病院に行くことで解決の糸口は見つかるのではないかという期待もある。


「約束はできませんが、分かりました」

 そう答えるのが精いっぱいだった。


「地上職の私が言うのもなんだが、キャビンアテンダント職だけでなく、すべての職が違った負担を請け負っている。そのことを君にも理解してほしい」


 この交渉から日が経たないうちに、地上職への更なる給与カットと早期退職の募集が発表された。





 何の進展もなく、家に帰ってきた。

 電気をつけて棒立ちでいると、静けさがつらくなってくる。


 これからちなみに電話しなくてはならない。

 考えすぎると、ますます話せなくなりそうだった。


 私は思い切って電話する。


 数コールして、ちなみが出る。


「もしもし、ちなみ」


「……うん」


「ごめん、うまくいかなかった」


 思わず、涙が出てしまう。


「使える制度を言われただけで、何も解決できなかった」


 ちなみは無言のままだ。


「何もしてあげられなくて、ごめん」


「……うん、ありがとう」


 弱々しいちなみの声が、心を締め付ける。本当にこれでよかったのかと、自問する。


「これから、ちなみにとって辛いことを言うと思う。先に謝る、ごめん」


「……うん」


「ちなみの思いとは違うけど、まずは家族に相談した方がいい」


 自分が頼りないと言っているようで、きつい。


「それから、怖いかもしれないけど、病院に行った方がいい」


 自分が同じことを言われたら、きっと突き放された気持ちになる。


「こんなことしか言えなくて、本当にごめんなさい」


 ちなみが一番つらいはずなのに、泣いている自分が情けなかった。


「……里琴、ありがとう」


 ちなみの声が少し震えているのが、電話からも伝わる。


 これ以上、何も言うことができなくて、私はゆっくりと電話を切った。





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