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心の中

 昼ご飯を食べていなかったので、雑務を片付けて屋上でお弁当を食べる。


「よう」


 清家がやってくる。

 無視するつもりはなかったが、返事はしなかった。


 清家は私から少し離れたところで、フェンスに凭れている。

 気まずい雰囲気は相変わらずだ。


 清家が上着のポケットに手を突っ込む。たばこかと警戒したが、スティックタイプのチョコバーだった。


「その、すまんかった」


「なにが」


「真珠業者に全部回ってなかったこと。もっと早く長永製菓に安い金額を言っていたら、結果は変わったかもしれんけん」


「もう終わったことだからいいわよ」


 清家がチョコバーを一口かじる。


「今回はだめだったけど、私の拙い思い付きを、ここまで進めてくれたみんなには感謝している」


 清家は何も言わず、口を動かしている。


「私ひとりじゃ、企画を思いついても実行に移せなかった。あんたも批判的な意見ばっかりだったけど、それがなかったら、もっと最初にダメになっていたかもしれない」


「そうか」


「毛利くんも越智くんも、自分たちのできることを精一杯やってくれた」


「だな」


「亜利紗も私たち以上に業務が忙しいのに、みんなと変わらず頑張ってくれた。それに、この集まりが始まる前からも、私に南海市や市役所のことを教えてくれて、本当に助かった」


 それに亜利紗は、誰も知らないこの街で、友達としても接してくれた。亜利紗がいなければ、私は暗い毎日を過ごしていただろう。


 だからこそ、縁があって知り合った亜利紗やみんなのために、頑張りたかった。


 すぐに次の企画を考えればいいのかもしれない。しかし、みんなが一丸となって力を出し切った今は、そんな気分になれなかった。


「亜利紗はお前に言ってないかもしれんけど、この若手の南海市PRも亜利紗が考えたんよ」


 それは初耳だった。


「亜利紗は他部署に根回しした後に、企画課長に直談判してな。今よりも若手が加わるはずやったのは、少しミスしとったけど」


 清家はチョコバーを食べきる。


「お前の仕事が雑務ばっかりで、別の会社での経験がちっとも活かされてない。亜利紗はそう思っとったから、若手中心の南海市PR活動を思いついて、上司にお願いしたんやろうな」


 清家は亜利紗について話し始める。


「あいつは市役所に入ったとき、有名大学出身ということで、期待されとった。その反面、高学歴だからと疎むやつもおった。周りの期待から、亜利紗は自分の意見を通してきた。けんど、その分反発も多くて、そのうち自分の意見をだんだん言わなくなってきてな」


「そうだったんだ」


「今でこそ、だいぶ立ち回りがうまくなったけど、市役所に入ってから数年は、あいつもかなり苦労しとったんよ。だから、お前の気持ちが分かって助けたくなったんかもしれんな」


 亜利紗が最初に声をかけてきた時のことを思い出す。余計なことに首を突っ込んで、島根さんたちに怒られた時だ。


「それに、お前みたいなんがやってきて、嬉しかったんやと思う。あいつも東京の大学を出て、有名大企業に就職するはずやったのに、家族の事情でこっちに戻らんといけんくなってしもうた。やから、東京から来た大きな会社の人間と、同じ職場の仲間として話すのが楽しかったんやろな」


 亜利紗は何事もスマートにこなす子だと思っていた。だけど、亜利紗もいろんな壁にぶち当たり、様々な葛藤を抱えて、南海市での日々を過ごしていたのだろう。


「こんなこと俺が話したって、亜利紗に言わんとけよ」


 清家がフェンスから体を起こして、去っていく。改めて、亜利紗への感謝の気持ちと、ふとした疑問が沸き起こる。


 なんで、清家はあんなにも亜利紗に関して詳しいのか。


「ああ、そういうことね」


 私は残りの弁当を急いで食べて、屋上を後にした。





 家に帰ってくると、スマホに着信履歴が残っていた。


 ちなみからだった。買い物袋を置いて、折り返し電話をする。


 ちなみとは、かなり久しぶりの電話だった。数コールあった後、電話がつながる。


「もしもし、ちなみ。久しぶりだね、元気にしてた?」


 返事がない。


「どうしたの、ちなみ」


 すすり泣く声が聞こえてくる。


「ちなみ、ちょっと大丈夫!?」


「里琴、私、どうしたらいいか分からない」


「何があったの!?」


「もう、この仕事辞めたい」


 言葉が途切れながらも、ちなみは話し始める。


「難しいクレーム対応ばかり回ってきて。専門知識とかも、まだ身についてないのに。対応できなければ、周りから冷たい目で見られるし。毎日、こんなのばっかり。もう、布団から出られなくなって」


「出勤できていないの?」


「体が動かない」


 ちなみの泣き声が大きくなる。


「ご家族には知らせているの?」


「心配かけたくない」


「病院は行っているの?」


「病名が付くのが怖い、薬も飲んだら戻れなくなりそう」


 こういう時は、どうすればいいのだろうか。無理やりにでも家族を頼ることや病院に行くのを勧めたほうがいいのかもしれない。でも、私も同じ状況になったら、ちなみと同じことを言うかもしれない。


 しばらく話を聞いているうちに、ふと亜利紗のことを思い出す。亜利紗は私が困っているとき、いろいろと手助けしてくれた。ちなみは本当に辛くて誰にも言えなくて、でも私を頼ってきてくれた。


「ちなみ、私に任せて」


 上手くいくかは分からない。いきなりすぎて、無謀かもしれない。


 でも、ちなみを助けたい気持ちが先に動いていた。





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