ペア狩り!
現実世界と離れて、オンラインゲームにログインする。
目の前には風に揺れる草原が広がっている。
気持ちを切り替えるため、大きく深呼吸をする。草のにおいなんてするはずがないのに、微かにみどりのすっぱい香りを感じるのが不思議だ。
これまでに、南海市PR作戦のメンバーで1週間に2回ほどゲーム内に集まり、クエスト攻略やモンスターと戦ってレベル上げをしていた。ただ私は、ちなみのことがあって、最近はログインできていなかった。
そんな私を励ますためか、今日はオンラインゲーム内で大きなイベントがあるようで、久しぶりに誘いを受けた。
システム表示で、現在の位置を確認する。
ここは以前に亜利紗が寝落ちして、クエスト攻略を諦めた洞窟の近くだった。
再び表示を見ると、私の他に一人だけログインしているようだった。
越智くんだ。
私と少し離れたところにいるので、歩いて近づく。
越智くんは小高い丘の上にいた。
「オチくん、こんにちは。まだみんな来ていないんだ」
「リコさん、お疲れ様です。集合時間は過ぎているのに、みんな来ていません」
「そっか、じゃあここで待っていようか」
丘の斜面に座って、越智くんと雑談する。ただ、一向にみんなやってこない。
「おかしいね、集合時間を間違えたかな」
「僕も集合時間は聞いていたつもりでしたが……」
誰も来ないのならゲームを止めようかと、口を開こうとしたときだった。越智くんが先に提案してきた。
「それじゃあ、ペアで狩りに行きませんか」
「えっ、この二人で大丈夫かな」
私は魔法使いで、越智くんは戦士だ。
ダメージを回復できるヒーラー役の亜利紗がいないので心配になる。それに人数も少ない。
「もう少しモンスターの弱いエリアで、回復アイテムがあれば、二人でも大丈夫だと思います」
このまま待つのは退屈だし、越智くんからの誘いを断るのも悪い気がする。
「うん、それじゃあ二人で行ってみようか」
私たちはエリアを移動して、二人でモンスター討伐に向かった。
移動した川辺のエリアで、数匹のモンスターと戦闘する。
越智くんが羊型モンスターの突進を受け流し、細身の剣で素早く反撃する。
「リコさん、横から一匹いきました!」
蝶のようなモンスターが私を狙う。
「OK、任せて!」
瓶に入った回復アイテムを飲み終えて、初級呪文を素早く詠唱する。
モンスターが近寄る前に、発動コマンドを唱える。
火の玉が杖先から飛び出て、モンスターを撃ち落とす。
「オチくん、そろそろ大きい呪文いくね!」
越智くんが頷く。
私は残りのモンスターを確認して、範囲呪文の詠唱に入る。
越智くんが私に近づくモンスターを薙ぎ払いながら、剣技で遠ざける。
呪力が杖先に集まり、発動の準備が整う。
「いくよ!」
発動コマンドを告げる。
瞬時に衝撃波が響き渡り、モンスターは跡形もなく消し飛んだ。
「やりましたね」
越智くんがこちらに振り向く。
「うん、やったね」
笑顔で越智くんに応える。
「二人でも、意外に戦えるもんだね」
「リコさんが教えたとおりに回復道具を使ってもらっているからです。それに、呪文の詠唱も早くて、発動するタイミングもいいですね」
「いや~、それほどでも~」
何でも褒められると嬉しい。
警戒心を解いて、杖を振り下ろしたときだった。
草陰から、スライム状のモンスターが飛び出してくる。
急いで、杖を掲げる。でも、モンスターの方が速い。
モンスターが攻撃する。間一髪で避けるが、尻もちをついてしまう。
すぐさま、次の攻撃がくる。
だめだ、やられる。覚悟したとき、越智くんが剣で攻撃を受け止める。
越智くんは攻撃をはじき返して、一太刀をモンスターに放つ。
剣が直撃して、スライム状のモンスターは地面にへばりつき動かなくなった。
不意打ちだったのでびっくりして、立ち上がることができない。胸もまだドキドキしている。
「大丈夫ですか」
越智くんが手を差し伸べてくる。
「ありがとう、大丈夫だよ」
越智くんの手を取って立ち上がる。
しかし、この光景は、どこかで見覚えがある。
そうだ、じゃこ天くんの着ぐるみで踊ったときだ。笑いものになった嫌な記憶がよみがえってくる。
「本当に大丈夫ですか。顔色が少し悪いようです」
「う、うん大丈夫だよ」
「少し休憩しましょうか」
越智くんに促されて、木陰で座って休む。
「落ち着いてきたよ。さっきは助けてくれて、ありがとう」
「いえ、間に合ってよかったです」
ゲームの中では、越智くんが頼もしく見える。やはり、男性なのでゲーム慣れしているのだろうか。
「ペア狩りも面白かったし、今日のイベントも楽しみだね。私を励ますためにみんなといろいろ企画してくれて、ありがとう。越智くんやみんなのおかげで元気になれたよ」
「いえ」
越智くんの表情が曇る。
「どうかした?」
越智くんはしばらく黙った後、ためらいながらも口を開く。
「……リコさんは、人と仲良くなるのが上手ですね」
そんなこと考えたことがなかった。気の合う人が勝手に集まって仲良くなる、そんな感じだった。
「それに、リコさんには本気で助けたいと思う友達がいる。だから、そんなに真剣に落ち込んでいる」
越智くんは下を向く。
「……僕には、そんな友達はいません」
越智くんが小さく呟く。
「学校にいたときも役所でも、上辺だけの関係でいつも一人でした。僕には本心で話せる人や、話してくれる相手なんていません。だから、僕はリコさんが羨ましいです」
「オチくん……」
なんと言葉を掛けたらいいのだろうか。
木々のそよぐ音と、沈黙が続く。
しばらく考えていると、あることに気付いた。
「ねえ、オチくん。オチくんはいま、私に本当の悩みを話してくれているじゃない」
越智くんが固まる。
「それって、本心で話したいと思う人ができたってことじゃないかな。私でよければ、いつでも話し相手になるよ」
私以外にも、亜利紗や毛利くん、清家(?)もいるから、悩んだときは私みたいにみんなに相談してね、そう言おうとした時だった。
越智くんの目から涙がこぼれる。
「あっ、ごめん。変なこと言っちゃったかな」
突然の涙に、焦ってしまう。
越智くんは肩を震わせながら、泣き始めた。これはまいった。
何と言えばいいか考えていると、遠隔用ボイスチャットから声が聞こえた。
「おーい、リコどこにおるか」
このタイミングで清家がログインしてくる。最悪だ。
「リコさん~、ごめんなさい~。清家さんが集合時間を間違えて伝えていました~」
「遅れてすみませんでした」
亜利紗と毛利くんもログインする。状況が悪化する。
ちょっと待ってと言おうとするが、清家が先に話しかけてくる。
「いまそっちにいくけんな。アリサ、移動呪文よろ~」
「は~い」
「ちょっと今はだめ……」
みんなに伝える前に、清家たちが目の前に現れる。仲間の場所まで瞬間移動できる呪文だ。
「リコさん~、お待たせしました~。あれ、どうかしましたか」
3人が違和感に気付く。
「あっ、オチが泣いとる!」
目ざとい清家が越智くんを指さす。
「オチくん、どうしたん!?」
亜利紗が駆け寄る。
「そうか! リコに襲われたんか!」
「ち、違うわよ! 何で襲わなきゃならないのよ! オチくんも何か言ってやって!」
越智くんは顔を手で覆って、泣き続ける。やっぱり最悪だ。
亜利紗が優しく声を掛けながら、越智くんの頭を撫でる。
「オチくん、大丈夫? 回復する?」
「リコ、何があったんか」
「え、えっと……」
私から越智くんの心の内を話すわけにはいかず、口ごもる。
「やっぱ、襲ったんか!」
「だから、襲ってないってば! そんなことするわけないでしょ!」
上手なごまかし方が思いつかず、私は3人の誤解を解くのにかなり苦労することになった。




