35 光陰流水
更新遅れているのに読んで下さり本当ありがとうございます。
今回はちょっと短めです。それではどうぞ。
前回:危険な夜の妖精郷から無事帰還してカル先生宅で目を覚ましたルルーティア。カル先生への不信感とジャックの身に起きた異変への懸念を抱くことになった。
あれからまた、数日が経過した。
現在まで割と(一見すれば)順調にカル先生に魔術の術式編集方法の演習を行っているところ。例の移転事故時に花火の術式ができていたので、応用レベルの基礎・初級は合格とみなされて中級からスタートした。
編集方法の中でも極力無駄を省く部分が難しく、日々苦戦している。特に、術式のセキュリティー向上とスリム化を両立させることに困難を感じている。
複雑にすればする程命令文読解が困難となり、誤射・悪用の防止対策となる。一方、単純化を進めると消費魔力エネルギーコストが削減され、実現精度と発動時の安全性が上がる。魔導具はそのバランスが重視されるのである。
まるで右足と左足を同時に出して歩けと言われているような感覚だが、どこかでうまい妥協点を見つけることが重要だと少しだけ理解してきた。実現できているかは別として。
何より、肝心の魔導具作成まで到達できていないことに最大の焦りを感じている。
正直王宮の茶会までに間に合うかどうか不安しかない……間に合わなかった場合、果たしてあのどうなるのか。正直悪臭を目前に耐えられる気がしない。
そうなったら、一体どうすればいいのか。
カル先生の責任もあると思ったので、一応考えてはもらった。
どうしても無理な場合、原因不明の体調不良で王宮の安全と自身の大事を取って欠席としておこうと考えた(つまり、サボってしまおうということ)。人間、生理的に無理なものは無理なのだから仕方がない。
家に迷惑が掛る可能性も否めないが、そこは賢者の発言権でどうにかしてくれるとのこと。何をするのか不安だが、一応伊達に賢者をしていないので何かしら人脈を持っている様である。なので、ここはカル先生に託しておくしかないだろう(恐らくごり押しなので、何かしら確執が残りそうで怖い)。
さて、他にも近況をいくつか。
ユールの体調はあれから治り、順調に回復している。
幸いなことに、剣を握ることにも支障は出ないようである。剣士になる道は残されていたようで、これにはとても安堵した。ただ、寝込んでいたせいで筋肉の衰えは多少あったらしいので、リハビリは必要だろう。怪我完治次第トレーニングと食事メニューは一緒に考えようとは思っている。
これでも一応栄養管理に関しては自身がある。妖精にどこまで通用するか疑問だが、一応人間に適応した方法でやってみようと思う。
ただ、現状はこうした肉体面それよりもメンタル面のケア本当は重要なのかもしれない。数日前彼女にとってはショックな出来事があったからである。
何と、妖精王立騎士団から正式に破門されることになったのである。
これには私も驚愕した、ここまでやるのかと。
しかも原因がまさかの私を危険にさらしたこと。『グレンデル』の子孫を適切に守護できず、逆に守ってもらうやつは騎士団にいらないとのことである。
事態はそれにとどまるどころでなく、今では一部罪人扱いして追放か投獄を求めるような声まで上がっているそうだ。
「そうか……ハハハ、もうここまでくると笑うしかないな。まあ予想できていたことだ、主殿は気にするな」
まあそれだけ私の存在は疎ましいのだろう。そう語った彼女だったが、明らかに目からハイライトが消え、落ち込んだ様子だった。
この話はまだ、これで終わらなかった。
何故かカルロが昇格したのである。
今後はユールの補佐に代わって私の護衛、同時にユールの監視役を行うことになったようである。やり方がやっぱりえぐい。ユールを妖精王室が信用していない、罪人扱いをすると語外に公表したようなものである。
かわいそうに、ユールは妖精郷へ表立って戻れなくなってしまった。
また、この出来で仲の良かった2人に相当深い溝ができてしまったと感じた。複雑そうな顔でカルロを見るユールと、腫物に触るようなカルロの対応。修復できるかどうかが今後不安である。
尚、森を焼いたはずの私へは何の咎もなかったのが一番解せなかった。あんなことをすれば本来なら妖精郷から追放されてもおかしくないはずなのに……ユールより私が一番まずいことをした自覚はある。
「でも、移転罠に関しては正式に抗議させていただきましょう。正直私はもう妖精郷や妖精王妖精王妃両陛下へは不信感を抱いていますわ」
しばらく妖精郷へ行くのは控えましょうかね。
そう発言すると、カル先生からは「滅多なことを言うな、聞かれたらまずいだろう」と怒られた。だが同時に、「だから言っただろう」とも言われた。
グレンデルの血筋といえ、私も明日は我が身だ。今回のことで身に染みたが、根本的な倫理観や価値観の異なる妖精王や妖精王妃とは分かり合うことはおろか、信頼関係を築くことも難しい。十分注意して言動をコントロールしようと思う。
一方、ジャックはあれからあの特徴的な尻尾と羽は生えていない。だが、怒った拍子に身体から黒い靄が出現するようになった。
今朝もカル先生に何か耳打ちされてから機嫌が悪く、微妙に靄をまとっていた。
ただ、不思議なことに子の靄、特に悪臭その他嫌悪感を抱く要素が無い……どころか、ティートリーの香りがした。一番私の好きなアロマオイルである。オークナスみたいに生臭くなかった。
また、妙な寒気等も感じることなく、寧ろぬるま湯の中に浸かっているような心地よさがあるのが不思議だった。
あれは一体何だろうか。
ジャックの変化はその程度で、性格的な変化は見られなかった。相変わらず悪戯好きでデリカシーがなく、カル先生相手に悪質な悪戯を仕掛けては返り討ちにされ、ユールやカルロをテキトーにディスって、ヘラヘラ余計な一言を漏らす。
でも妖精3人中やはり能力が一番高くて、カル先生宅付近で出没する魔物も一喝で従えていた。
そうした日々が続き、本日ようやく……
「じゃあ明日から魔導具作成に移るか」
「!! 本当に?!!」
魔導具作成の許しが出た。
王宮茶会まであまり時間はないが、精一杯粘って見せよう。




