第九話:楽園の綻びと、見えない境界線
結局シェリルは「そう定められたからそうなっているだけ」と、『フラグ成立後のNPC』のような返答しかしなくなった。
しつこく聞き過ぎたか。
だが、僕は納得できるまで聞いてしまう性質らしい。
しかし「女神」と「エイリス人」か……。
いくら寿命が長いエルフでも太古の昔から生きているわけではないだろうが、「女神」か……。
実在したのかな?
ここは異世界だし実際に存在した……いや、実在するかも。
機会があったら調べてみよう。
そうこうしている内に、神殿の巨大な昇降機――僕の目には「浮遊魔法の円盤」に映ったそれ――に乗った。
シェリルが虚空を指で切る仕草をすると、円盤がゆっくり降下を始める。
約5分後、地上に降り立つと、そこには懐かしくも新しい、中世ファンタジーそのものの光景が広がっていた。
しかし、これだけ先進的な設備や機構があふれるこの建物で、「エレベーター」は随分ゆっくりだったな、と思い、降下中にシェリルに聞いてみた。
すると、
「神殿は最重要施設。一瞬で地上に降りたりできる設備はあるけど、侵入者対策の為に普段は使用していないわ」
との事。
やっぱりあるんだ。
ワープ……。
「わあ……本当にRPGの世界だ」
古典的で由緒正しい冒険スタートの城下町だ。
玉座の間で王様からはした金貰ってスタートどころか、ジョブ設定「神」で全裸でこねくりまわされるエロエロスタートだったけど。
神殿の白銀とは対照的な、土の匂いと草の香り。
石畳の道を、知っているようでいて、しかし微妙に見覚えのない家畜を引き連れたエイリスたちが歩いている。
彼らは僕の姿を認めると、一様に足を止め、道端に膝をついて祈りを捧げた。
人々を見る。
やはり子供は少ない。
そして老人どころか中年もいない。
イツモアの言った通り、男女とも全員が10代後半から20代中盤といったところか。
全員が足も手も何もかもを止めて微動だにせず、僕に対して祈りを捧げる。
「みんな、すごく信心深いんだね」
どうすればいいのか分からず、辛うじて出てきた言葉がこれだった。
情けない……。
僕の知る神話や伝説の登場人物のように、名言の一つでも出せればなぁ。
「元気ですか?! 元気があれば何でもできる!」
……これは少し違うかな?
「当然よ。貴方は彼らにとっての『歩く聖典』なんだから」
よかった。
USBメモリスティックではないらしい。
シェリルは中世風の革装丁を被せた魔法の板(タブレット?)を操作しながら答えた。
その後、民衆に対してシェリルが何かを説明し、僕は人々のお祈りプレイから解放された。
それにしても、なんて伝えたのだろう?
「上様は本日お忍びじゃ。故に皆の者、そうかしこまらずとも良い」
とかかな?
しかし、それでもすれ違う人々は皆、簡易的な祈りを捧げてくる。
ん?? それを考えればヴィンセントは一際不敬だな。よし! 処してやろう。
市場を歩けば活気に満ち溢れている。
鍛冶屋が槌を振るい、パン屋からは香ばしい匂いが漂う。
だが、僕は奇妙な違和感に足を止めた。
「ねえ、シェリル。あのパン屋さん……あんなに綺麗な、真っ白な小麦粉、どこで作ってるの? それに、あの鍛冶屋さんの火……煙が出てないのに、鉄がドロドロに溶けてる。あれって火の魔法?」
「『魔法』……ええ、そうよ。女神から分け与えられた『生活の恩恵』ね。皆、得意不得意はあるけど。彼らはただ、女神に祈り、決められた手順をなぞるだけで、必要な分だけの熱や資源を得られるの」
なるほど。
高レベルの生活魔法が、文明として生活に溶け込んでいるわけか……。
便利すぎる気もするけど、これぞ異世界!
僕は納得して笑ったが、その視線の先で、1人の男の子が転んだ。
エルフなので実年齢は不明だが、見た目は4歳くらいか。
子供はレアな存在だ。
僕は思わず駆け寄り、散らばった荷物を拾った。丸い果実が一つ、石畳を転がっていく。追い掛けて掴み、母親らしき女性へ差し出す。
「これ、落ちましたよ」
「ありがとうございます」
その一言で、少し肩の力が抜けた。神様への祈りではなく、落とし物を拾った人へのお礼だった。
神のジョブ、ただいま落とし物係に転職中。案外、こっちの方が向いているかもしれない。
膝を擦りむき、赤い血が流れる。
それを見た母親らしき女性が子供の手を握り、静かに目を瞑り――
「――《女神よ、日々の恩恵に感謝いたします》」
瞬間、子供の傷口から淡い光の粒が溢れ出し、傷を一瞬で塞いだ。
「……すごい。今の魔法? さっきの言葉は、何かの詠唱?」
「大気中にある『ナノ・マナ』の力を借りているのよ。あのくらいの傷なら、扱いに慣れた人はすぐに治せるわ。言葉は詠唱というより、女神への感謝ね」
「ナノ・マナ」?
あぁ、この世界にある魔力の名前か。
なるほど、僕も使ってみたい。
後、詠唱はないけど女神に対する感謝を述べるのか。
「行ってきます」とか「いただきます」のようなものか。
シェリルは話題を変えるように、遠くに見える大きな湖を指差した。
「見て、カイ。あそこが私達の水源よ。そこから街の全てに『聖水』が供給されているわ」
湖から水が引かれているという街の水場には、美しい女神の石像が立っていた。
「これが女神……綺麗だな」
「うふふ。そう? 綺麗でしょ?」
何故かシェリルがとても嬉しそうだ。
僕は純粋に感動した。
高度な魔法を日常の奇跡として受け入れ、争いもなく、傷も瞬時に治る世界。
これこそが自分が求めていた理想郷なのだと。
永い年月をかけて続いてきた景色、営みがこれからも続くんだろうな……。
究極のスローライフってやつか。
僕は呑気にそんな事を考え、シェリルの後に続いた。




