第七話:空想科学的論争
先日の検査は、なかなか忘れられそうにない斬新な経験だった。きっとガソリンスタンドの洗車機に生身で入ると、あんな感想になるのだろう……。
目覚めて数日経った本日、僕が連行されたのは、「聖なる診察室」……という名の、精密機械のような機材がひしめく真っ白な部屋だった。
そこで僕を待っていたのは、白衣のような羽織をまとった少女、シェリルだった。
しかし、油断はするまい。
何せ超長命種という話だ。
少女のような見た目をしていても、僕より大幅に年長者の可能性が高い。
「初めまして。えーと。何というか、プロト・ワンと呼ばれている者です。一応、この神殿内の幹部さんにはカイと呼ばれても構わないとメガネに言われています」
15度の一礼をした。
目の前の少女はこちらを見据えて微笑んだ。
「初めまして……そうね……初めまして。メガネ? あぁ……ヴィンセントの事? ふふふ……それよりも、ようこそカイ。待っていたわ」
何故だろう。
彼女の声はとても温かく心に染みる。
不思議な感覚だ……。
ヴィンセントから受けた説明によると……
彼女は「医師」であり、「研究者」であり、「開発者」。
更に、この神殿の「主任分析官」でもあるという。
まさに才色兼備のハイスペック女子。
診察は、思っていたよりも細かかった。
シェリルは検査のたびに何をするのか説明し、僕が頷くと、幾何学模様の刻まれた筒を腕へかざした。
光が肌の手前で薄れる。先日の検査でも見た現象だった。
「やっぱり、僕だと変になるんだね」
「そうね。でも、道具の反応だけであなたの良し悪しが決まるわけではないでしょう?」
彼女は僕の袖を直し、手元の板へ何かを書き込んだ。
「緊張していたの? もう終わりよ。よく付き合ってくれました」
「……患者を褒めるタイプのお医者さんなんですね」
「素直な患者さんには、ね」
くすりと笑う声に、ようやく肩の力が抜けた。
「シェリルさん。色々気になる事があって……質問してもいいですか?」
「なぁに? 私に答えられる事なら何でもどうぞ」
床から40cmくらい浮かんでいる座面だけの物体に座り、医者が患者の方に向き直るように、こちらへ体を回して答えた。
「イツモアさんが言ってました。プロト・ワン……つまり僕の遺伝子? 因子? が必要だと。それが何故、イツモアさんとの……その……エッチな事が必要なのかが繋がらなくて」
鏡で見る限りいい年をしているであろう男が、見た目年下の女性に「エッチ」という単語で言い淀んでしまった。
恥ずかしい。
「うふふ。なるほど、的確な質問ね」
そう言うと、その表情は「流石ね」といった感情を持っているように見えた。
そのまま答えを待っていると、
「何から説明したらいいかしら。そうね、まずは貴方の……カイの『因子』の話からかしら?」
右人差し指を口元に当てて答えた。
「私達エイリスは他の生物より遥かに長く生きる種族よ。でも近頃は、子供が生まれにくくなり、体をうまく保てなくなる人も多く出てきたの」
「長生きなら、そんなに急ぐ必要もなさそうだけど」
「ええ。そう思っていた間に、少しずつ進んでいたのね」
シェリルは板をこちらへ傾けた。
並んだ線の意味は分からないが、幾つかの線は途中から下がっている。
「同じような不調が、別々の人に現れている。共通する原因があるのではないかと調べているところよ」
「変化が少ないから滅びる、って事?」
「それだけでは決められないわ。変わらずに生き続けられるなら、それも一つのあり方でしょう。でも、今の私達には助けが必要な人がいる」
細い指が、途中で下がった線に触れた。
「貴方の持つ『女神の因子』が、その手掛かりになるかもしれないの」
言わんとしている事は理解できる。
だが、納得いくような、いかないような、複雑な気持ちだ。
「あら? 納得いかないって顔に書いてあるわよ?」
彼女はクスっと笑い、言った。
あらヤダ。
私の顔に感情の文字表示機能なんてあったかしら?
失敗失敗。
では言葉で表現。
「3点。まず、僕にその『女神因子』があるという根拠は? 次に、それが種族の救いになるという根拠は? 最後に、イツモアさんとの『結合』は、その二つとどう関係があるの?」
一気にまくし立ててしまった。
その事に意外としっくり来たので、僕はこのような人間なのだろうか?
しまったな。
そう思っていると、
「うふふ……そうね。何から反論すればいいかしら」
そう言うと、弾んだ声でとても嬉しそうに思案する。
流石は研究者。
ロジカルな問答がお好きらしい。
そして、何故だか僕も楽しい。
「まずは『因子』の事かしらね。私達にも一人ひとり違いはある。でも、体を維持する働きには共通する部分が多いの。その一部に、似た不調が見られる」
「ここまではいいかしら?」という風に顔に書いてある。
おや?
貴女にもその機能が実装されているようですな。
では僕の顔にも「どうぞ」と表示してみます。
シェリルは板の上に、二つの記録を並べた。
「こちらがイツから受け取った試料の記録。カイの因子を取り込む前と、その後よ。一部の働きに、変化が出ている」
「ほかの条件は? 食事とか、検査した時間とか」
質問が、自然に口から出た。
シェリルは一度だけ瞬きして、それから嬉しそうに目を細めた。
「そこは揃えているわ。まだ同じ結果が続くか確かめる必要はあるけれど」
「じゃあ、僕に何かあるらしい、までは言えても、種族全体が助かるとはまだ言えない」
「ええ。その通り」
彼女は迷わず頷いた。
「あなたの体には私達とよく似たところがある。でも、同じではない。その違いが役立つか、慎重に調べているの。イツに起きた事が、ほかの人にもそのまま起きるとは限らないから」
なるほど。
分かっている事と、まだ分からない事。
それを分けてもらえると、ずっと話がしやすい。
しかし、まだ最大のミステリーが残っている。
……それは……。
「でも、僕がイツモアさんと『結合』する必要は無いじゃないか」
イツモアと過ごした時間は嬉しかった。だが、研究の方法とは別の話ではないだろうか。
シェリルは少し考えてから、僕へ向き直った。
「今の方法を選んだ理由には、イツの能力と巫女としての役割が関係するわ。ただ、ほかの方法がないと決まったわけではないの」
彼女は続ける。
「彼女は巫女で巫女衆の長。女神とそれに連なる者が顕現した時、その身を捧げ、民に教えを広く伝えるのが役目。そして、何故、彼女が巫女衆の長の座にいるのか?」
微妙な間があり、何だかドラムロールが聞こえそうだ。
「それは彼女が自らの体内に取り込んだものを解析、さらに生成する能力を有するから」
取り込んだものを解析?
生成?
そんな魔法があるのか?
「今、この瞬間も、私の体は貴方様の情報を読み解いているようです」
イツモアの発言は詩的でも何でもなく事実だったのか。
驚いた顔をしてしまった。
それを見て微笑み、
「貴方から受け取った因子を体内で解析、使用可能な状態に生成、そして彼女が生成した物を私が分析、移植の為の研究をしているの」
そう言う事か。これで辻褄は合う。そう結論付けると、シェリルは言葉を添えた。
「……でも、研究に必要だからといって、あなた達の気持ちまで決めていい訳ではないわね」
シェリルは板を伏せた。
「不安な事は、今みたいに聞いてちょうだい。嫌な事も。あなたが黙って我慢していたら、私が困ってしまうわ」
軽い調子なのに、こちらを見る目は真剣だった。
「じゃあ、もう一つ。自分の事を知る為に、僕にもできる事はある?」
「あるわ。まずは、体を休める事。それから、外も見てみましょうか」
……急に、お散歩の許可が出た。知っているぞ、これは『飴とムチ』だ。もしくは取り調べの『カツ丼』。
「大切な調査よ。助手さん、付き合ってくださる?」
少し得意そうに微笑む彼女につられて、僕も笑った。




