第六話:目覚めの抱擁と2人の戸惑い
柔らかな光が白銀の壁に反射し、寝室を淡く照らしていた。
まどろみの中で目を覚ますと、すぐ隣にイツモアの温もりがあった。
彼女はすでに目を覚ましていたようで、肘をついて、慈しむような、あるいは聖遺物を鑑定するかのような熱い視線を僕に注いでいた。
「……おはようございます、カイ様。素晴らしい目覚めです」
「……う、うん。おはよう、イツモアさん。……そんなに見つめられると、ちょっと……」
気恥ずかしさに顔を背けようとすると、イツモアは滑らかな指先で僕の頬をなぞり、逃がしてはくれなかった。
「ふふ。昨夜は、お名前を呼ぶたびにお返事をくださいました。それが嬉しくて……今も、ついお顔を確かめてしまうのです」
……あー、そうだった。
異世界に来ていきなり、とんでもない事しちゃったんだよね。
「ところで気になった事があるんだけれど……いい?」
そう尋ねると、彼女は上目遣いで小さく頷いた。
うわっ!!
めちゃくちゃカワイイやんけ!!
イヤ! 落ち着け!!
「体の具合はどう? 昨夜、何か変わったように感じたんだけど……」
彼女は少し考えてから体勢を変え、僕の胸に頭を預けた。
「私にも、まだうまく説明できません。今も、体が貴方様の情報を読み解いているようです」
……情報を読み解く?
異世界の表現ってのは、いちいち詩的で含みがある。
昨夜の妙な感覚を思い出しかけたが、胸元の髪がくすぐったくて考えが途切れた。
彼女は僕の手を取り、自分の鼓動の真上に当てた。
掌の下で規則正しく脈打っている。
「苦しいとか、そういう事はない?」
「はい。今は、貴方様がここにいてくださるのが嬉しいのです」
答えながら僕の手を包む指に、少しだけ力がこもった。
体の話を聞いたはずなのに、こちらの心拍数が上がっている。
検査の続きなら僕の方が引っかかりそうだ。
気になる事はまだ山ほどある。
しかし、これでも僕はジェントルメン。
ピロートークを問診票にしてはいけない。
などと脳内でネクタイを締め直した直後、イツモアが「それに……」と呟いた。
先ほどまでの微笑みが少し薄れた。
何かを思い出そうとしているようにも、言葉を探しているようにも見える。
「役目の事なら、ご説明できるのです。ですが、それだけでは分からない事がございます」
言葉に続きがあるのを察し、返事はせず、彼女の瞳から目を離さず、続きを促す様に艶やかな髪をサラリと撫でる。
すると、イツモアは表情を崩し、意を決した様に言った。
「カイ様が目を覚まされた時、初めてお顔を拝見し、その声を聞いた時、何故だかとても懐かしく悲しい……そんな不思議な感覚を覚えました」
彼女は僕の後頭部に優しく両手を回し、そっと抱き寄せ、続けた。
「なぜでしょう。ずっとこうしたかったように思います。とても不思議な感覚です」
その言葉に、胸の奥が少しだけざわついた。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。何ができるか全く解らないけど頑張ってみる」
イツモアは満足げに目を細め、羽毛のように軽いキスを落とした。
その時、部屋の外から、無機質な声がインターホンのような物を通して室内に響いた。
「……プロト・ワン、その聖室に入られて32400秒が経過いたします。朝食を兼ねて様々なご説明がございます。巫女長にも同席していただきます」
……出たな、変態メガネ。
せっかくのいいムードが台無しだよ!
メガネはかけていないけど。
ヴィンセントの冷徹な声が、現実へと引き戻した。




