第五話:神聖なる儀式と受肉の瞬間
運ばれた先は、「聖室」という言葉から連想される通りの厳かで無機質な空間だった。
広大で、静謐。
床も壁も、磨き上げられた白銀の結晶体のような物で構成され、微かに青白い光を放っている。
そのお陰で、室内には照明のような物はないが、何も見えないという事はないようだ。
中央には、僕が目覚めたポッドの中に残っていた薬液と似たような色の、スライム状のマットを備えた巨大な浮遊ベッドがある。
巫女たちは座る場所を整えると、音もなく退室した。
残されたのは、白のローブをまとったイツモアと僕だけ。
……静かだ。
静かすぎて、静けさが逆にうるさく感じる。
僕は、うっすらと青白い光に照らされた目の前のイツモアの圧倒的な美しさに、ただただ硬直するしかなかった。
「プロト・ワン……いえ、カイ様……」
イツモアが、浮遊ベッドに膝をつき、ゆっくりと近づいてくる。
白金の瞳は、先ほどまでの事務的な「検分」のそれではない。
自分でも理由の分からない、途方もない懐かしさと焦がれるような憧憬が宿っていた。
彼女の手が僕の頬へ伸び、触れる手前で止まった。
僕が頷くと指先がそっと頬に触れる。
「永すぎる命の中で、新たな命を望む者も少なくなりました。私も、この役目を与えられるまでは……」
そこで言葉が途切れた。
検査の時には迷いなく動いていた指が、今は僕の袖の端をつまんでいる。
「私は、巫女として……貴方様との、結合を望んでいました。これこそが、私が存在する最大の使命……!」
「……その使命がなかったら?」
自分で尋ねて、少しだけ後悔した。
イツモアは、言葉を探すように唇を閉じた。
「分かりません。こんな気持ちは、初めてですから」
僕の袖をつまんでいた指が、ゆっくり離れる。
「ですが今、カイ様のお傍にいたいと思うのは……私自身の望みです」
役目の説明をしていた時よりも、頼りない声だった。
僕は、その手を取り直した。
「僕も、君の事をもう少し知りたい」
僕が頷くのを待ってから、彼女がそっと顔を寄せた。
唇が触れた時、彼女の肩からも、少しだけ力が抜けた気がした。
互いを確かめるように身を寄せ、やがて、言葉では埋められなかった距離がなくなり、夜は更けてゆく……。
後で思い返しても、その夜の事はうまく言葉にできなかった。
爆発的で異様な衝撃が体の隅々まで荒れ狂う感覚だった。
まるで巨大なスポンジに何かを急激に吸い取られているような感覚。
同時に、膨大な情報が自分の身体へと流れ込んでくる。
何を吸い取られ、何が流れ込んで来たのかも解らない。
そんな体験の最中でも呼び慣れない僕の名前を、彼女が何度も大切そうに呼んでくれた事はハッキリ覚えている。
静けさが戻った部屋で、イツモアは僕の胸元に頬を寄せていた。
「……カイ様。ありがとうございます」
「これで、みんなが助かるの?」
彼女はすぐには答えなかった。
「そうなる事を、願っております。今は……嬉しくて、うまく考えられません」
イツモアはそのまま、安らかな眠りへと落ちていった。
これがこの世界での僕の役目なのだろうか。
でも、役目だけで全部済ませてしまうのは、少し違う気がする。
そんな事を脳内で漏らしながら、眠るイツモアの白銀の髪を優しく撫で、静かに目を閉じた。




