第四話:清掃と検分
「ちょっ! 待って! それ、冷たい! 先に言って!」
白銀に輝くタイル張りの部屋。
そこは「お風呂」というよりは「高度に自動化された近未来の洗車場」だった。
僕は半透明な浮遊式ベッドに横たわり、薄い布を掛けられていた。イツモアがすぐに手を止め、青く光る道具を少し離す。
「失礼いたしました。温め直します。……続けても、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
止まると分かっているだけで、随分違う。僕は肩の力を抜いた。
「次は胸元を清めます。測定に誤差が出ないよう、古くなった表皮細胞を取り除きますね」
イツモアが、青い光を放つ物体を僕の胸板に滑らせる。
あ、これスーパーのレジとかにある「ピッ」てやるやつに似てるな。
おぉ!
凄まじい状況なのに、意外と冷静だぞ、僕は。
と考えていたのも束の間。
ヒヤリとした感触。
そして、彼女の白銀の髪が僕の頬をかすめる。
あぁ……いい匂い……じゃなくて!
なすがままなの?
いいのか? これで……? 否!! 異議アリ!
弁護士を!
そうだ!
弁護士を呼んでくれ!
陪審員だ!
黙秘だ!
徹底抗戦だ!
「……報告。プロト・ワンの心拍数、急上昇を確認。アドレナリン値が上昇しています」
傍らに立つイツモアの部下らしき女性が、空中に浮かぶホログラムのような物に表示されている文字を淡々と読み上げる。
なんだ?
僕が思っていたファンタジーの割にハイテクな表現だな?
この室内の天井といい、僕が入っていたポッドといい、挙句、中空に浮かぶ液晶のようなものまで……それに、あれは……日本語か?
いや!
だから、そんな状況じゃない!
と、わずかな分析と華麗なノリ&ツッコミを脳内で楽しんでいると、聞き覚えのある声を無理やり耳にねじ込んでくるヤツがいる。
「ふむ、やはり不具合か。あるいは……。プロト・ワン、無駄な抵抗はエネルギーの浪費ですよ」
ヴィンセントである。
いつの間にか入り口に立っていたヴィンセントが、腕を組んでこちらを見下ろしている。
「ヴィンセント! プライバシーって言葉を知らないのか! 僕をなんだと思ってるんだ!」
「何だと思っている? 貴方様はプロト・ワンです。先ほどから、そのように申し上げておりますが?」
こいつはマジレスしかしやがらねぇ。
このくそメガネが!
……メガネなんてかけていないけど。
「現在は身体の状態を確認しているだけです。暴れれば、その分だけ時間が延びますよ」
「だから、暴れないように説明してほしいんだってば」
僕が言うと、イツモアは小さく頷いた。
道具が触れる前に声を掛けてくれるようになり、ようやく僕も天井を眺める余裕を取り戻した。
……ああ。
このまま磨き抜かれて、ピッカピカのバックアップ用USBメモリになるのだろうか。
そう思った時だった。
僕の腕にかざされた光が、ふっと途切れた。
道具を持つ巫女が手元を見る。もう一度、今度は少し位置を変えてかざす。やはり、僕の肌に触れる直前で光が薄くなる。
「壊れた?」
「……いえ」
イツモアは同じ光を自分の手の甲へ当てた。そこでは、光は薄れなかった。
彼女とヴィンセントが一瞬、顔を見合わせる。
「痛みは、ございませんか?」
「何も感じないけど」
「承知いたしました。こちらの検査は、主任にも確認していただきます」
言い方は穏やかだった。
けれど僕は、自分の腕をもう一度見た。
同じ道具を使ったのに、何が違うのだろう。
「検分終了。外部洗浄、完了しました」
イツモアが「やり遂げた」という清々しい顔で一礼する。
僕は、文字通り磨き抜かれた気分で体を起こした。
「では、プロト・ワン。次の確認についてですが――」
ヴィンセントが言いかけたところで、僕は手を上げた。
「その前に、イツモアさんと話したい。二人で」
二人とも、少し意外そうな顔をした。
僕だって、この状況でそんな事を言うとは思わなかった。
それでも、さっきから気になっている。
彼女は本当に、自分でこの役目を望んでいるのだろうか。
「……承知いたしました」
イツモアが、僕のローブを差し出した。
実地確認だの、お相手だの。
僕の脳内では、不穏な単語がまだ渋滞している。
まずは、彼女自身の言葉を聞いてみよう。




