第三話:聖典(僕)の解析、はじめました。
「……こ、交配?」
その言葉が虚しく響き、聖域のような空間の冷たい空気に溶けていく。
「スローライフなハーレム」でもない。
無機質で、農耕や畜産に近い響きを持つその単語。
待って。
僕、まだ心の準備なんて出来てない!
アニメ1話の開始5分くらいですよ?
しかも、そもそも初対面よ!?
「左様です。我らエイリスは永い時の中で変化に乏しくなり、衰退の兆しが現れています。貴方様の『女神の因子』を我々へ継承していただく。それが救済につながると考えております」
ヴィンセントは、まるで今夜の献立でも説明するかのような淡々とした口調で続けた。
「……え、それって……つまり、僕が……その、イツモアさんと、そういう……エッチな事を……」
「エッチな事?」
ヴィンセントが、人生で初めて『道端に落ちている正体不明のガラクタ』を見るような顔で僕を見た。
「プロト・ワン。貴方様の記憶にある『安っぽい娯楽劇』と、我々の『因子情報の定着作業』を混同しないでいただきたい。
情緒などという非効率な感情を必要とする作業ではございませんので、ご安心を」
は!!?
安心できるかバカ!
なんだよ! 余計に畜産みたいじゃないか!
僕はただデータ移行する為のUSBメモリだって言いたいのか!?
「その前に、検査って何をするのか説明して。僕にも、嫌な事は断らせてほしい」
言ってから、喉がひどく渇いている事に気づいた。
イツモアが僕の手を取った。けれど、僕が少し引くと、その指はすぐに緩んだ。
「……申し訳ございません。まずはお体を清め、心拍や体調を確かめます。痛みや不快な事があれば、お止めいたします」
「その先の話も、勝手には決めないでほしい」
「はい。カイ様のお気持ちを、伺ってからにいたします」
彼女は今度は僕の顔を見て、返事を待ってくれた。
ようやく、人間として会話に参加できた気がする。
喋るUSBメモリから、一歩前進だ。大変喜ばしい。
「じゃあ、検査はお願いします。……まだ、足に力が入らないんだけど」
「承知いたしました。こちらへ」
イツモアが、パンパン、と手を叩いた。
背後に控えていた巫女たちが、薄い敷布を載せた浮遊式の台を寄せてくる。
その上へ横になった瞬間、台がふわりと持ち上がった。
ちょっと待て。
運び方が完全に『出荷されるマグロ』じゃないか!
「落ちないよね? これ、落ちないよね!?」
「大丈夫でございます。私がお傍についておりますから」
手は放さずにいてくれるらしい。
それなら、少しだけ安心だ。
運ばれていく僕の視界の端で、ヴィンセントの呟きが聞こえた。
「……まずは心拍数と身体性能の測定からか。驚くほど、精神面が不安定ですね」
聞こえてるぞ!
クソメガネ!!
……あ、眼鏡なんかしてないか。
聖堂の重厚な扉が、僕の抗議を遮るように閉じられた。




