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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
8:お気楽異世界異種族会議編
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第六十七話:同じ鍋と、違うひと口

翌朝、食堂で最初に聞かれたのは、何を食べられないかだった。


昨日は何を約束出来ないかと尋ねられた。

今日は食べ物の話である。それだけで回答の難易度が随分下がる。


「たぶん、大抵の物は大丈夫です」


そう言ってから、たぶんを付けた自分に気づいた。

知らない世界の知らない朝食である。

元いた自分の世界の嫌いな物が、この世界にもあるのかも不明だし。

セロリはとうとう苦手なままだったな。


毒以外なら何でも、と格好つけなくてよかった。


給仕の女性は頷き、三つの小皿を置いた。

青い葉。細かく砕いた種。黄色い油。

好きな物を加えて食べるのだそうだ。


隣でテトライルが葉の匂いを確かめた。

僕も真似をする。鼻へ近づけ過ぎてくしゃみが出た。

食事の儀式か何かと誤解されませんように。


向かいにラグドが座った。

昨日より軽い服装だが、鞄は足元から離さない。僕も自分の鞄を椅子の脚へ寄せた。

それを見て彼は少し笑った。


「持って逃げられるくらいの量にしとけよ」


「二人が詰めてくれたので、食べると減ります」


「そりゃいい荷物だ」


二人が整えてくれた旅の食料が褒められた。

帰ったら伝えよう。もっと増える可能性については、その時考える。


鍋から注がれたものは、穀物と刻んだ肉の入った汁だった。

僕の器には柔らかい根菜が多い。

テトライルの器を見た。


肉が多い。


僕が尋ねる前に彼女は給仕へ礼を言った。

宿の人は既に把握しているらしい。

この情報網を街道の警戒へ活用出来ないものか。騎士団長の好物に限れば、伝達が完璧である。

あれほどの美人が、肉の多い器を前にすると少し嬉しそうになる。昨日から知っている、騎士団長の別の顔だった。


入口でキリクが翼を畳んだ。

壁際の席へ腰を下ろすと、背もたれを避けるように身体を斜めにした。

会議場から椅子を一脚借りてくればいいのにと思ったが、今日はテーブルの高さが違うのだという。


座るにも毎回調整がある。

僕は今まで、自分が座れるかだけで椅子を見ていた。


「そっちの葉、最初は少しだけにしときなよ」


キリクが僕の小皿を示した。

言われる前から警戒していた。ひとつまみには先日教育を受けたばかりだ。


慎重に二枚取る。

汁へ落とす。

一口飲んだ。


酸っぱい。


顔に出たらしい。

ラグドが笑った。キリクは自分の器へもっと入れる。僕の五倍くらいあった。

同じ鍋から始まった朝食が、早くも別の料理へ進化している。


「これ、腐ってる訳じゃないよね」


小声でテトライルへ尋ねると、彼女は首を振った。

酸味を好む者が加える物だという。

好きな人にはたまらない食材と言うヤツか。

感覚的にはほぼパクチーだな。


「私は種の方を少し」


彼女が手を伸ばした小皿を僕も取った。

今度は香ばしい。ひと口で口の中の景色が変わった。

なるほど。正解を一つ探す朝食ではないらしい。


後からセナが来た。

トーニとネルダも席へ着く。

会議では人を疑ったり数字を直したりしていた人たちが、器を持って座っている。


トーニはパンを汁へ浸した。

ネルダは葉を細かく裂く。キリクは種を入れない。

ラグドが油を取ろうとして、ミレーネの席へ向かう給仕を避けた。


僕は器をよけた。

手が先に動く。

昨日の卓では何を言えばよいか悩んでいたが、汁をこぼさないようにする時にはそれほど難しくなかった。


「そちらの料理は、もっと手間をかけずに出来るのでしょう」


ミレーネがテトライルへ尋ねた。

皮肉ではない。台所の設備を聞いている声だった。


彼女は神殿で調理された物を食べる事が多く、仕組みを全て説明出来る訳ではないと答えた。


「出来上がった皿しか見ない日もあります」


「私も似たようなものです。受け取る食料の量は把握していても、一鍋に何が入るかは料理人に任せます」


その言葉に、僕はナギの厨房を思い出した。

イツモアは鍋を覗いていた。教わった人の名前まで書いていた。

今日の葉の事も帰って話したかった。


紙を出そうとして、やめる。

今この卓で全員の食べ方を記録し始めたら、せっかくの朝食が観察実験になってしまう。


「何か気になる事が?」


ミレーネに見られた。

隠す事でもないので、家で待つ人へ料理の話をする約束をしたと答えた。


「誰と食べたかも、きっと聞かれると思います」


ラグドが妙に大きく頷いた。

分かってくれる人だったか。


「そりゃ名前は間違えんなよ。料理より後で揉める」


テトライルは汁を飲んでいた。

むせなかったのはさすがだ。

僕は水を飲んだ。何も悪い事はしていないのに、なぜか姿勢がよくなった。


「では、全員分を申告なさいます?」


ミレーネの穏やかな声に、僕は頷くしかなかった。


神様代理の朝食報告書。

参加者欄が長い。

イツモアへ提出したら、まずテトライルが一緒だったか確認されそうだ。


笑いが少し広がった。

ガルドは遅れて来て、空いた席へ座った。卓の真ん中に手を伸ばし、パンを一つ取る。

誰も昨日の条件を蒸し返さなかった。

僕も、仲よく食べたから疑いが消えたとは思わなかった。


彼は一口食べてから給仕へ、余った固い端を包めるかと尋ねた。

僕は反射的にその手元を見た。


「留守番に持って帰る」


それ以上の説明はなかった。

子供か、家族か、部下なのか。

僕が尋ねなくても、持ち帰りたい相手がいる事は分かった。


ネルダがトーニへ包みを渡した。

彼は量を確かめて少し戻そうとしたが、代表が首を振る。


「一昨日、歩いた分です」


彼は黙って受け取った。

僕は彼の足元を見た。靴に乾いた泥がついていた。

数字を消す前に、実際に歩いた人の靴だった。


朝食の終わりに、給仕が器を集めに来た。

僕は自分の物を重ねかけ、キリクの器が違う形だと気づいた。

縁が少し尖っている。口元へ運ぶ時に使いやすいのだという。


「並べて置いた方がいい?」


女性が頷いた。

食器の形にも事情がある。


同じ汁を注げば同じように食べられる。

昨日までの僕なら、そんな風に考えていたかもしれない。

実際には器も椅子も、加える葉の量も違った。


残った葉をどうするか尋ねると、給仕は厨房で使うと言った。卓へ出した物を全て捨てる訳ではないが、そのまま袋へ戻す事もしないらしい。


僕は自分の指が一度触れた葉を見た。

食べる分だけ取る。

簡単な事なのに、どのくらい食べるか分からなければ難しい。


次に同じ料理が来たら、二枚から始めればよい。

今日はそれが分かったのだ。


食堂を出る前、僕は料理の名前を聞いた。

給仕の女性は首を傾げた。


「朝の煮物ですけれど」


なるほど。

店の看板料理みたいな立派な名前があるとは限らない。

家へ帰ってイツモアに『朝の煮物』と伝えたら、まず何を煮たか尋ねられるだろう。


僕は根菜の名と種の名を一つずつ聞いた。

全部覚えられそうにない。

紙へ書いてもらおうとすると、彼女は厨房から小さな札を持ってきてくれた。


トーニが昨日約束した料理の写しを出した。

その端へ使った種の絵を添える。

字を読めても、名前だけで物が分かるとは限らないという。


言われて納得した。

僕は『豆』と聞けば丸い豆を思い浮かべるが、この世界には僕の想像と違う物もある。

会議の地図と同じだ。線や名だけで全部知った気になってはいけない。


テトライルは自分の包みを持ち上げた。

干した肉が少し残っている。

道中の分をこちらの保存食と使い分ければよいと、給仕へ相談していた。


買い物の話になって、今度はネルダが加わった。

傷みやすい物は今日食べる。塩は湿らせない。

帰りに荷を詰め直す時、開ける順を変える。


僕は礼を言った。

会議場ではなかなか通らなかった話が、食卓では小さな手助けになって行き来していた。


昨日より、皆に話しかけやすかった。

会議では、自分の返事一つで家族を危険にさらすかもしれなかったのだ。僕だって、隣にいる人の顔を見ながら答えていた。

あの厳しい声も、今朝パンを包んだ手も、同じ人のものだった。


そんな事を考えながら扉を開けた。

外へ出ると風が冷たかった。

テトライルが僕の上着を見る。

今日はちゃんと着ています。留め具も全部済んでいます。


「午後は、会場をもう一度見ておきましょう」


僕は頷いた。

帰る為に整える事がまだある。


その前に、紙の一番下へ書き足した。

『酸っぱい葉は二枚から』


帰ってイツモアに渡す報告書である。

味を思い出せるように書いたはずなのに、隣でテトライルが笑った。

どうやら僕の顔まで記録されていたらしい。

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