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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
7:お気楽異世界異種族会議道中編
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第六十三話:荷物にならない約束と、セキラハの門

翌朝、右腕を持ち上げると昨日の重さが少し残っていた。


傷は閉じている。

だが何もなかった事にはなっていない。

僕は袖を下ろし、朝食のパンを左手で割った。


妙な形になった。

大きい方と小さい方。公平という概念が欠けている形状に仕上がった。


テトライルが切り分けようとしたので、小さい方を食べるから大丈夫だと伝えた。

すると彼女は大きい方も僕の皿へ戻した。


逃げ道がない。

食事に関してはイツモアと同じ包囲戦を展開してくる。


泊まった街道の詰所には、昨日の戦闘直後に騎士たちが残した調査記録が届いていた。

十体のうち、核が二つある個体が混じっていたという。

僕が傷をつけた獣にも、頭部の奥とは別に胸の下へ核があった。


管を裂けば倒せる。

そう覚えなくてよかった。


十体の記録を順に見ていくと、どれにも同じ言葉が残っていた。

ゼノン。


ここでも同じだ。

僕は文字を見つめた。喉の奥まで何かが来たような気がする。

だが名前を思い出す時のような、顔が浮かぶ感じはない。


「また、気になりますか」


テトライルに向かって首肯する。

彼女は答えを急がせず、残骸ごとの記録を分けて保存した。

意味はまだ分からない。分からないまま、同じだった事を残す。


今の僕にできるのは、それくらいだった。


出発前に神殿へ連絡した。

シェリルには傷より疲れ方を細かく尋ねられた。

立つ時にふらつくか。飲み物は飲めるか。昨日からどれくらい変わったか。


僕は言える事だけ答えた。

長い刃が出た話をすると、画面の向こうのイツモアが口元へ手を当てる。


自慢するつもりではなかった。

そう付け加える前に、彼女は帰ってきたら右腕を見せてほしいと言った。


「はい。点検、お願いします」


僕が答えると、少しだけ目元が緩んだ。


「腕だけで済むと思っておられますか?」


隣でシェリルが笑った。

テトライルは記録を読み返すふりをした。

気を遣わせている……。申し訳ない。


身体の状態を確かめる話だ。

そのはずだ。

僕だけが昨夜ではなく出発前の夜を思い出しているのは、非常によろしくない。


連絡を終えた後、テトライルへ礼を言った。

守ってくれた事。待ってくれた事。

上手くまとめられず、途中で言葉が重なる。


彼女は荷物の留め具を閉じる手を止めて聞いていた。


「問題ございません。私の務めですから」


予想していた返事だった。

だから首を振った。


「務めでも、助かったのは僕だから」


彼女の視線が戻る。

僕は続けた。


昨日は怖かった。彼女が来た時は安心した。

それだけでなく、来るまでの間に自分で足を動かせたのも、色々と教わっていたからだ。


言い終えると、テトライルは少し困った顔をした。

褒められる事に慣れていないように見えた。

あれほど強い人なのに。

そういえば道中も、二人で歩く時はいつも僕の歩幅に合わせてくれていた。

そういう小さな気遣いにも、これからは気づけるといいと思った。


「では……次も、お声を聞かせてください」


僕は頷いた。

立派に戦う約束より、ずっと具体的だった。


今日は練習をしない。

御車の中では資料を読む。疲れたら閉じる。

その取り決めで出発した。


途中の休憩所には小さな露店が並んでいた。

行き交う人が増え、羽のある者が屋根の上から声を掛け合っている。

セキラハへ向かう道が合わさる場所なのだという。


僕は布製の小さな包みを見つけた。

紐を通せば器へかぶせられる。乾かした葉を入れる袋もある。


イツモアへ一つ。

シェリルには苗の札を束ねる細い紐。


買おうとして、テトライルを見た。

何か欲しいものはあるか尋ねると、必要な装備は揃っていると答えた。


そういう事ではないのだが。

騎士団長、買い物の分類が補給から離れない。


結局、肉へ使えるという香りの強い塩を小袋で買った。

帰って料理を教わる時に使う。

そう説明すると、彼女は今度は断らなかった。


自分の分は小さな木の筆置きにした。

溝が一本掘ってあるだけだ。


「歯車ではないのですね」


言われて顔を上げた。

テトライルの目元が僅かに笑っている。


僕の趣味情報、どこまで共有されているんだ。

回る物が好きとは言ったが、全ての買い物に回転を要求している訳ではない。

回転しない好きな物もありますよ。


「会議中に筆が転がらない物です。今回は回らない方がいい」


彼女は小さく笑った。

僕も笑う。

旅の初めより、沈黙が来ても慌てなくなっていた。


午後、道の両側が開けた。

山と山の間を風が抜け、草が同じ向きへ倒れる。

遠くに建物の屋根が見えた。


セキラハ。


高い神殿はない。

街道を見渡す物見台があり、低い塀の内側へ宿と倉庫が集まっている。

いくつもの道がここへ入っていた。車輪の跡も足跡も重なっている。


知らない土地なのに、人が集まる場所だとは分かった。


近づくと旗が見えた。

色も印も違う。門の前には複数の種族の兵が立っている。

僕は鞄の留め具を触り、旅の上着の袖を見た。

新しい縫い目が増えていた。


会議服は別に包んである。

今すぐ着替えて立派な顔をする必要はない。

そう考えてから、深く息を吐いた。


門の外で御車を止めた。

荷の確認を受ける為だ。武器を持つ者も商人も、順に並んでいた。

僕達の番が来ると、テトライルが係へ書類を渡した。


テトライルは剣を抜かず、鞘と留め具を見せる。

僕も袋を開いた。

保存食。着替え。紙の束。会議服。


先ほど買った筆置きが一番上にあった。

係の視線がそこへ落ち、少しだけ表情が緩む。

世界を救う道具には見えなかったのだろう。僕も同感だ。


確認が終わると、テトライルが袋を閉じるのを待ってくれた。

急がせない。

それでいて背後から来る荷車へは道を空けている。


旅の間に教わった事が、こんな場所でも使われていた。

僕は肩の紐を整え、彼女と同じ方へ身体を向けた。


テトライルが名乗ると、係の背筋が伸びた。

それから僕を見る。

耳。顔。手元。

思っていたものと違う、という顔だった。


「……こちらが?」


彼女が頷くより先に、僕は名乗った。


「カイです。お招きいただき、ありがとうございます」


頭を下げ過ぎない。

相手の顔を見る。

最後まで言ってから、自分が息を止めていた事に気づいた。


係は短く礼を返し、内側へ案内する者を呼んだ。

膝はつかなかった。

それでいい。むしろ助かる。


ただ、通りの先でこちらを見る視線は少なくなかった。

好奇心ばかりではない。細められた目もある。


テトライルが半歩近づいた。

僕は小声で、大丈夫、と伝えた。


怖くない訳ではない。

でも何を考えているかも聞かずに、全員を敵にする必要はない。

シェリルに言われた事を思い出す。

まず相手の話を聞く。それが最優先だ。


宿泊する建物へ着くと、会議場が窓の向こうに見えた。

飾りの少ない大きな屋根。その前で、レプス族らしい青年が書類を抱えて走っていた。

一枚落とし、慌てて拾う。


忙しそうだ。

僕と同じように、準備に追われている人がいる。

その事で少し息がしやすくなった。


テトライルが荷物を置き、右腕の状態をもう一度尋ねた。

僕はゆっくり曲げてみせる。

昨日より軽い。ただ、今日は刃を出さない。


「聞いてるか、血刃様。明日は口で話します。君は会議に出席しなくて結構です」


彼女が笑った。


僕は机へ筆置きを置き、質問を書いた紙を開く。

どこが襲われているのか。

何が足りないのか。

こちらへ何を求めているのか。


道中の記録より、まだ空白が多かった。


二人でここまで来た。

その事を確かめるように顔を上げると、テトライルもこちらを見ていた。


「明日も、よろしくお願いします」


彼女はいつものように背筋を伸ばした。

ただ、その返事は出発した朝より少し近くに聞こえた。


「はい。カイ様」


窓の外で会議場の扉が開いた。

中へ運び込まれる椅子の数を、僕は途中まで数えてやめた。


多い、で済ませてはいけない相手が、明日はあそこに座る。


僕は紙の一行目に戻った。

今度は逃げ道だけでなく、話を始める場所を探す番だった。

お読みいただきありがとうございます。

セキラハまでに増えた荷物は、香りの強い塩と小さな筆置き。それから、鞄に入れなくても持っていける約束が一つ。

次はいよいよ、四種族との話し合いです。

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