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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
7:お気楽異世界異種族会議道中編
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第六十二話:四十センチの代償と、二人で通る道

三度目の遭遇は、セキラハへ向かう分かれ道の手前だった。


先行した警戒の者は、しばらく前に通過していた。

それでも新しい足跡があった。崩れた土の上に深く残る四本の跡。

テトライルが御車を止めた時、斜面の上で金属が鳴った。


獣が下りてくる。

一頭、二頭。その後ろにも背中がある。

道の反対側から四頭が回り込んだ。


九頭。

遅れて、木の陰からもう一頭。


皆さん揃って十頭単位で移動する決まりでもあるのか。

団体割引はこちらにはありません。


怖い。

冗談を考えても脚は冷たくなった。


ただ、今回は彼女の声が来る前に鞄の紐を確かめた。

御車の扉を開く。

下りる場所へ目を向け、次に逃げられる窪みを探す。


「右の低い道へ。私の後ろを横切らないでください」


返事をした。

声は出た。まず一つ。


テトライルが道へ踏み出す。

先頭の獣が速度を上げた。装甲の間の筋が膨れ、青い光が前脚へ集まる。


彼女は半歩だけ横へ動いた。

剣が脚の内側を通る。

傾いた頭を肩で押し返したように見えた次の瞬間、巨体が地面へ叩きつけられた。


後ろの二頭は止まらなかった。

倒れた獣を飛び越え、左右へ分かれる。


テトライルが右を斬る。

左の獣が僕のいる道を見た。


僕は走った。

大股にしない。石を踏まない。次は曲がり角。

考える事が多い。それでも前回より一つずつ頭へ入った。


獣の前脚が道の縁へ刺さった。

頭上から土が落ちる。僕は腕を上げ、曲がり角を越えた。


何かが背中を叩いた。

転んだ。

顔を庇った右腕が石へ当たり、肘の外側に熱い痛みが走る。


息が止まった。

起きなければ。

そう思うのに手が土を滑った。


狭い道へ獣の頭が入ってくる。

肩が岩へ引っ掛かり、金属が擦れた。

僕は後ろへ這った。


右肘から血が落ちる。


作れるか。

指先では届かない。手の甲でも短い。

練習した向き。肩を上げず、肘を身体の外へ。


赤い筋が伸びた。


いつもより長い。

鏡はない。視界の端に、前腕ほどの赤い影が見えた。


出た、と喜ぶ余裕はなかった。

根元が引かれる。肘の奥が痛い。

先が自分の脚へ向きかけ、慌てて腕を外へ向けた。


「けっちゃん……そこ。そこで止まって」


獣の顎が開いた。

僕は刃を振りかぶらなかった。

両脚で地面を押し、横へずれる。


赤い縁が顔の装甲へ当たった。


硬い。

切れない。

刃が撓み、腕へ衝撃が戻る。


無理だ。

大きくなったから何でも切れる訳ではない。

そんな当然の事を、今ここで実演しなくていい。


獣が頭を引いた。

岩へ擦れた首の板が開き、中の細い管が見えた。


そこへ赤い先端が引っ掛かった。

切り込んだというより、相手が動いて裂けた。

青い光がその場所で乱れ、頭の動きが一瞬だけ止まる。


それだけだった。

獣はすぐに後ろ脚で踏ん張った。

爪が土を掻く。肩の金属はまだ硬いままだ。


でも、その一瞬に足を置けた。

僕は窪みの奥へ転がり、右腕を身体から離した。


「カイ様、伏せて!」


声が来た。

僕は顔を下げる。


赤い髪が視界を横切った。

剣が首の隙間へ入り、見えていた管のさらに奥を砕く。

獣の頭が落ち、身体が道を塞いだ。


テトライルは僕を引き起こさなかった。

まず背後を見た。

追ってきた別の一頭へ剣を振り、その前脚を狭い道の外へ弾く。


「そのまま。右腕は身体から離して」


僕は頷いた。

血の刃が震えている。

保っているのか、戻せなくなったのか。自分でも分からなかった。


力を抜く。

違う。肩ではない。

形を思い浮かべるのをやめる。


赤い影が丸まり、土へ落ちた。


腕が急に軽くなる。

その代わり頭の奥が重くなった。

汗が冷たい。

鞄の取り出し口に入れておいた布を引き抜き、傷口へ当てた。押さえる左手にも力が入りにくい。


遠くで三度、重い音がした。

テトライルが残った獣を道の上へ集め、僕から離れた方向へ倒していた。


全部を見てはいられなかった。

僕は自分の呼吸を数えた。


道の上から、もう一頭が狭い場所を覗き込んだ。

テトライルはその胸を狙わず、先に足元の石へ剣を当てた。

石が割れ、前脚が沈む。


大きな身体が傾いたところへ、彼女が踏み込む。

胴の下から刃を入れ、引き抜かずに手首を返した。

短い音が二つ続く。


一つ目で光が消えたのに、後ろ脚は動いていた。

二つ目の音の後で、それも止まる。


核が複数。

覚えていても、自分で見分けられる訳ではなかった。

僕は血刃で裂いた細い管を思い出した。あれだけでは、まだいくらでも動けたのだ。


遠くの二頭が御車へ向きを変える。

テトライルが低く何かを告げ、銀色の狼たちが車体を道の端へ下げた。

追う獣の進路が重なる。


彼女はそこへ真っ直ぐ走った。

横から剣を当てたのは先頭の脚だった。崩れた巨体が後ろの獣を巻き込み、二頭の腹が見える。

赤い髪がその向こうへ流れた。


僕は続きを見ようとして、目の焦点が合わなくなった。

観戦している場合ではない。

布を押さえ直す。息をする。


吸って、吐く。

次の一回を忘れない。


彼女が戻ってきた時、僕はまだ同じ場所にいた。

何か言おうとして、先に謝りかける。


テトライルは膝をついた。

指が僕の手首へ触れる。傷を見て、顔を見る。


「どこへ当たりましたか。頭は?」


僕は首を振り、肘と背中を伝えた。

刃を出した事も。

彼女は最後まで聞いてから、僕の肩をそっと抱いた。


短い間だった。

鎧が硬い。けれど触れた手は少し震えていた。


「お返事が聞こえなくなりましたので」


その先は続かなかった。

僕は彼女の腕へ左手を置いた。


「ごめん。次は……声、出す」


彼女は頷いた。

戦い方より先に、また一つ課題が増えた。


御車へ戻って記録を取った。

刃の長さは肘からどこまで見えたかを木片へ示し、おおよそ四十センチと見積もった。

正確な測定ではない。

二十センチほどを練習していたのに、一度に伸ばし過ぎた。


長く保てたのも数息だけだ。

装甲は切れなかった。露出した管には傷がついた。

その周辺の光が乱れた。


テトライルは、助かった事と無理をした事を別々に書いた。

僕も反対しなかった。


「同じ長さを、今すぐ出そうとはしません」


声にすると少し悔しかった。

でも、四十センチの刃より指一本を動かす方が重い今の状態を、成功だけで済ませる訳にはいかない。


彼女は布を替え、僕の右腕を楽な位置へそっと置いた。


「今日の続きを、明日すぐにする必要もありません」


僕は頷いた。


テトライルが紙の脇へ小さな図を描いた。

狭い道と、僕が転んだ場所。獣の肩が岩へ引っ掛かったところ。


あそこが広ければ、刃が触れる前に身体ごと押し潰されていたかもしれない。

彼女はそう説明した。


僕の能力だけで助かったのではない。

地形が時間を作り、彼女が戻ってきた。

短い停止を逃げる為に使えたのも、それがあったからだ。


僕は図の横へ書いた。

『効いた場所だけ覚えない。助かった条件も』


次も同じようにできるとは限らない。

怖い注意書きだったが、消したくはなかった。


けっちゃん。

君のせいだけではないけど、今回は僕も調子に乗る余裕すらなかったよ。


窓の外では警戒の者が残骸へ目印を置いていた。

テトライルが道の安全と回収の引き継ぎを確かめる。


僕は一度ゆっくり目を閉じた。

彼女が戻るまで、僕は左手で紙を押さえていた。

風でめくれた一枚に、最初の小さな刃の絵がある。

指先から爪ほど出たものを、あの日は随分すごいと思った。


今も、それが間違いだったとは思わない。

出来る事が増えた分だけ、自分の知らない危険も増えたのだ。


四十センチ。

紙へ書けばたったそれだけなのに、今日の僕には重過ぎた。

次に扱う時には、短くていい。自分でやめられる長さにしよう。


彼女が戻った時には、返事をした。

今ここにいる。それだけは、ちゃんと伝えた。

お読みいただきありがとうございます。

二人の旅の続きを、ブックマークしてお待ちいただければ嬉しいです。

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