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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
7:お気楽異世界異種族会議道中編
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第六十一話:雨宿りの献立と、右肘の試作品

雨は夜のうちに降り始めた。


朝、屋根を叩く音で目を覚ます。

泊めてもらったのは橋の近くにある共同の作業小屋だった。寝床と炊事場は仕切られていて、扉の外では昨日の人たちが朝食を作っている。


僕は肩を動かした。

痛みはほとんどない。

それでも起き上がる時には反対の手をついた。

身体より頭の方が、まだ昨日を覚えていた。


テトライルはもう起きていた。

机の上に地図と連絡用の板。窓の向こうには増えた川の水。

今日は無理に進まないという。


「会議に遅れない?」


「状況は先方へ知らせています。通れる道が確かになるまで、ここで待ちます」


僕は頷いた。

早く着く為に川へ流された代表者。

議題になる事はできても参加はできない。


朝食の支度を手伝おうとすると、イツモアの包みが役に立った。

乾いた葉と細かい種。それぞれに使い方が書いてある。


僕は一つを読み上げた。

火を止めてから少量。先に香りを確かめる。


テトライルは鍋を覗き、真面目な顔で量を考えた。

肉を食べる時の決断力はどこへ行ったのだろう。


「少量、とは」


僕達は顔を見合わせた。

女神代行と騎士団長が揃って、ひとつまみの定義に敗北している。


近くにいた女性が笑って教えてくれた。

指先でほんの少し。足りなければ後から足す。


なるほど。戻せないものは控えめに。

僕の血液にも適用したい原則だ。


出来上がった汁は、神殿ともナギとも違う味だった。

具材が違う。火の癖も違う。

それでも鼻へ抜ける香りに、イツモアの顔が浮かんだ。


テトライルも器を持ったまま少し黙っていた。


「帰ったら教わる約束、してたね」


彼女は頷く。

料理を作って誰かに食べてもらうイツモアが、以前より楽しそうに見えるのだという。彼女は巫女長。基本的な雑事は殆どしなかったらしい。

僕がこの世界に来てから積極的に携わる様になったのだという。


「今日のは一品目でいいんじゃない?」


僕が言うと、彼女は鍋を見た。

それから紙の端へ香草の量を書き足した。


午後、雨が弱くなった。

軒下の広い場所を借り、昨日までの動きを繰り返す。

肩は動かせる。疲れが戻ればすぐにやめる。それを先に確かめた。


右肘には短い木片を布で留めた。

刃ではない。どこへ向くかを見る為の目印だ。


腕を曲げる。身体の外へ向ける。

足を一歩下げて、肘を引く。


木片の先が柱へ当たった。


「……なるほど。室内使用禁止」


テトライルは笑わず、僕と柱の間を広げた。

右後ろは自分で見にくい。そこへ長いものが出れば、近くの人も傷つけかねないという。


血刃様、性能の話より先に使用上の注意が増えています。

もう説明書の方が刀身より長い。


肘を振り回すのはやめた。

曲げた腕の向きを保ち、身体ごと半歩動かす。

木片が同じ高さを通った。


手の甲へ出す時より、手を握り込まずに済む。

前腕の延長として考えれば少し分かりやすかった。


初日は形だけ。

次の日も、まず木片から始めた。


雨で傷んだ道を確かめる者が戻るまで、僕達には待つ時間があった。

鍋の火を見る。濡れた布を干す。小さな動きを十回ではなく三回だけ試す。

その間に休み、紙へ書く。


ある日は僕が香草を足し過ぎた。

苦い。ひとつまみを理解したつもりで、早くも応用問題を間違えた。


三回と決めたのに四回目を始めかけると、テトライルが指を一本立てた。


数えられています。

厳密な査読者つきの研究生活である。


休憩中は布を絞って干した。

片方を僕、もう片方を彼女が持つ。

力を合わせるつもりで引いたら、布ではなく僕が半歩動いた。


「あ。申し訳ありません」


テトライルが慌てて力を緩める。

僕は大丈夫と答え、柱のそばへ足を置き直した。


強い人に力を合わせるには、強い方が合わせてくれていたのだ。

昨日の訓練で倒れずに済んだ時も、彼女は僕の動きに合わせていた。


今度は僕が先に引き、彼女がそれに添える。

水が地面へ落ちた。

何でもない作業が終わると、二人で少し笑った。


右肘の皮膚へ意識を寄せたのは、肩の痛みが消えた翌朝だった。


薄く。長さより、崩れない形。


小さな痛みが走る。

袖は上げてある。赤い筋が肘の外側から出て、爪ほどの縁になった。

見下ろしにくいので、テトライルが鏡を斜めに置いてくれる。


出来た。

ただし、驚いて肘を曲げた途端に滴へ戻った。


「初出勤で早退か、けっちゃん」


彼女が布を差し出した。

僕は自分で押さえ、肩へ力が入り過ぎていた事を記録する。


血は戻らない。

傷だけが閉じても、出した分を帳消しにした事にはならない。

シェリルから届いた返事にも、その点を混同しないよう書いてあった。


だから次は、すぐにやらなかった。


翌日、短い刃を保ったまま一歩動けた。

その次は十数センチ。

長くするより根元を少し太くすると、先が揺れにくい。だが重さに気づいて腕を止めると、また崩れる。


毎回一つずつ失敗した。

まとめて成功する機能は実装されていないらしい。


長さを測る木には、細い線を刻んでもらった。

子供の頃兄弟でやったな。柱に自分の身長を刻むやつ。

数字だけでは分かりにくいので、出来た長さへ日付を書く。

初めは爪ほど。その先には、まだ何も書かれていない空白がある。


僕は空白を見て、つい先を埋めたくなった。

長い方が強そうだ。

見た目の説得力が違う。


その話をすると、彼女は長い木を肘の位置へ当てた。

腕を少し動かすだけで先が大きく振れる。

自分の身体から離れるほど、どこへ当たるか確かめにくかった。


「扱えない分まで伸ばすと、相手に向ける前に困ります」


僕は頷いた。

経験値が足りないのに上位装備だけ手に入れた状態か。

見栄えの為に命を払うのは、さすがに割に合わない。


木を短いものへ替える。

まず同じ場所を三度通す。

その方が、遠い空白へ数字を書くより難しかった。


テトライルも見る角度を変えた。

僕の肘ではなく腰と肩を見る。マナの前触れがない僕の動きを、目で読み直しているのだという。


一方的に教わっているだけだと思っていた。

僕が不思議そうな顔をすると、彼女は木片を指した。


「見落とすものがあると分かった以上、そのままにはできません」


強い人がそう言うのか。

僕は何だか嬉しくなって、姿勢を正した。


昼には作業小屋の道具を戻すのを手伝った。

雨の間に増えた薪を積み、濡れた場所を拭く。テトライルは重い桶を運び、僕は通り道から小さな木片を拾った。


一つ拾うたびに足を近づける。

遠くへ手を伸ばして腰だけ曲げない。

練習が暮らしの中へ入り込んでいた。


彼女はわざわざ褒めなかった。

僕も毎回報告はしない。

ただ、最後の一枚を拾った時に目が合い、小さく頷いてくれた。


そのくらいが嬉しかった。

立つたび歩くたびに拍手をされたら、さすがの僕も成長を喜びにくい。


夕方には道の一部が使えるようになった。

明日の朝、警戒の者が先へ進む。僕達もその知らせを待って出発する事になった。


荷物をまとめながら、テトライルが剣帯の擦れた部分を直した。

僕は布を切る役を引き受ける。

小刀を使った。


血刃様は休養中です。

雇用主である僕の判断です。異論は受け付けません。


作業小屋の人たちと最後の汁物を食べた。

テトライルが香草を入れると、最初の朝に量を教えてくれた女性が、ちょうどいいと頷く。

彼女の耳が少し赤くなった。


剣を振っている時には見なかった表情だった。

僕は美味しいと言った。

一度では足りない気がして、もう一口飲んでからもう一度言った。


翌朝、前日に短い間だけ保てた二十センチほどの刃を紙へ描く。

その下には、長くすれば強い訳ではない、と書いた。


ただ隣に立ってくれる人との距離は、少し短くなった気がした。

それは記録に書かなかった。


代わりに、教わった汁物の作り方を別の紙へ写した。

香草の名前と入れる順番。僕が苦くし過ぎた時の量も小さく残す。

失敗の分もあれば、帰ってイツモアへ説明しやすい。


テトライルはその紙を見て、持って帰りましょうと言った。

僕は頷き、濡れないように二人分の記録の間へ挟んだ。

お読みいただきありがとうございます。

剣を振る時とは違うテトライルの表情も、楽しんでいただければ嬉しいです。

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