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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
7:お気楽異世界異種族会議道中編
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第五十九話:剣の手入れと、帰ってからの約束

宿へ着いて最初にしたのは、扉の位置を確かめる事だった。


窓。入口。廊下の曲がり角。

僕が指で数えていると、テトライルは邪魔をせず待っていた。


部屋へ荷物を置く。

外では夕食の支度をする音がしていた。包丁が板を叩き、誰かが薪を運んでいる。

戦いの音ではない。そう確かめてから、僕は椅子へ座った。


腕にはもう傷がなかった。

袖には穴がある。


僕の服だけが律儀に戦歴を保存していく。

着替えを多めに入れてくれたイツモアには、先見の明があり過ぎる。


テトライルは宿の者へ街道の状況を伝えた。

戻ってくると、机へ剣を載せる前に厚い布を敷く。

長い鞘から抜かれた刀身が灯りを返した。


「見ていてもいい?」


彼女は頷き、椅子を少しずらしてくれた。

刃へ触れない位置。手入れをする腕の邪魔にならない場所。

見学者にも立ち位置の指定がある。


金属の粉と泥を拭き取る。

継ぎ目を確かめ、欠けたところがないか光へかざす。戦いの時よりずっとゆっくりした動きだった。

しかし、美しい剣だ。全体的に彼女の髪と同じ色で、剣というより日本刀に近いかもしれない。

刀身部分だけで150cm以上はありそうだ。刃の部分を見ていると吸い込まれそうになる。


「魔法で全部綺麗になる訳じゃないんだ」


「汚れを落とせても、傷んでいないとは限りませんので」


彼女は刃の端を示した。

僕には細い線にしか見えない場所がある。そこへ同じ向きから力を加え続ければ、やがて欠けるかもしれないという。


僕は自分の右手を見た。

血刃様、聞きましたか。使用後の点検です。

毎回液体になって解散している場合ではありませんよ。


彼女は柄へ巻かれた布も確かめた。

水気が残れば滑る。緩めば握る位置がずれる。


僕は剣の長さばかり見ていたが、手が触れるところにも理由があった。

血刃には柄がない。握り直して向きを整える事もできない。


「出す場所を間違えたら、持ち替えられないんだね」


テトライルが頷いた。

だから力の入りやすさだけで決めず、転んだ時や人が近くにいる時も考えようという。


僕は紙へ書いた。

『切る前に、自分へ当たらない向き』


基礎的過ぎる注意だ。

だが昨日までの僕は、切れるかどうかしか書いていなかった。


小さな留め具を受け取る役を頼まれた。

外した順に布へ並べる。左右で形が少し違う。

ただ持っているだけの役なのに、彼女の武器へ関われるのが嬉しかった。


一つを逆に置きかけると、テトライルは指先で向きを直した。

叱られなかった。

だから余計に、次は間違えないように見た。


「休日も手入れをしてるの?」


彼女の手が止まった。

休日、という言葉を頭の中で探しているような間だった。


訓練をしない日には部隊の記録を読む。装備の状態を見る。若い騎士の相談があれば聞く。


僕は最後まで待った。

趣味の項目が始まらない。


「それ、勤務内容では?」


テトライルは困ったように首を傾げた。

本気だった。

そういえば、僕は彼女の甲冑姿しか見た事がない。出会う時は常に勤務中なのかと思っていたが……。

さては私服を持っていないな?小学生の頃、常に制服を着ている友人を思い出した。

これは休日の定義から会議を開かなければならない。

そして休日の過ごし方のレクチャーを僕が責任をもって行うのだ。何といっても今の僕は休日のプロだ。


やがて彼女は、速く走れる場所へ行く事があると付け加えた。

人も荷車もいない道を選ぶ。風が変わる場所が分かるのが好きなのだという。


その時だけ説明が少し長くなった。

曲がり角の先に視界が開く事。坂の上で遠くまで見える事。

僕は彼女の顔を見た。


「それ、帰ったら見せてよ。ゆっくりでいいから」


ゆっくり、ともう一度足した。

騎士団長基準の散歩に参加したら、僕だけ景色になる可能性がある。


彼女は笑った。

声は小さかったが、口元だけではなかった。


ただ、今回その寄り道をする訳ではない。

会議へ向かう道中だし、鉄骸の報告も増えている。

帰ってから時間を決め、仕事を他の人へ任せて出かける。そういう約束にした。


「休みを取る練習も、必要なんじゃない?」


僕が言うと、彼女は剣の柄へ目を落とした。

返事が少し遅い。

さっきまで十頭を相手にしていた人が、一日空ける話で考え込んでいる。


「……その時は、お願いしてみます」


何だか話してみると可愛い人だな。

シェリル、イツモア、テトライルが姉妹のように見えて仕方がない。

顔が少し似ているせいもあるが、空気感と言うか気安い感じと言うか。

外見だけで言えば、テトライル、イツモア、シェリルの順になるが、

三人のやり取りを見ていると、姉から順にシェリル、イツモア、テトライルという感じになる。

つまり、テトライルが意外にも一番下の妹か。


そんな事を脳内分析しながら、僕は頷いた。

その時は僕も、練習の相談用紙を持っていかないようにしよう。

休日を訓練へ戻す原因が僕では申し訳ない。


夕食には肉の煮込みが出た。

焼き肉ではないのが少し残念そうだったが、皿は綺麗になった。

僕の方は途中で手が止まる。空腹なのに、飲み込むまで時間がかかった。


テトライルは続きを勧めず、汁だけの器を頼んだ。

温かいものなら少しずつ入った。


「……昼間、僕を見ながら十体も相手にしてたんだね」


言ってから、今さらだと思った。

彼女は僕がいた窪地の位置を卓へ指で描く。

あそこなら一方向を岩に任せられる。僕が動く範囲が分かれば、自分の戻る道も決められる。


守るとは、抱えて逃げる事だけではなかった。

僕が約束の場所へ行く事も、その計算に入っていた。


「勝手に別の方へ走らなくてよかった」


彼女は少し目を伏せた。


「はい。本当に」


短い返事だった。

そこで初めて、彼女も怖かったのかもしれないと思った。

僕には圧倒的に見えた戦いの間、彼女は一度も僕を見失わないようにしていた。


夜、連絡用の板からイツモアの声が届いた。

腕の怪我については先に報告が行っていたらしい。傷の状態と、食事を取れたかを尋ねられた。


「汁物は飲めたよ。肉も半分くらい」


画面の向こうで彼女が頷く。

隣にいたシェリルは、今日は試す事を増やさないようにと言った。


もちろんです。

本日の実験は既に現場の方から大量に持ち込まれました。


イツモアは眠れなければ知らせてほしいと続けた。

僕が少し黙ると、声が柔らかくなる。


「お帰りになりましたら、またそばにおりますから」


先日の夜を思い出した。

隣にテトライルがいる。僕は水を飲もうとして空の杯を持ち上げた。


シェリルが笑った。

距離を置いてもからかわれる。連絡技術の進歩には問題点もある。


通信を終えると、テトライルが水を足してくれた。

何も尋ねなかった。

その気遣いがありがたくもあり、全部分かっている気もして落ち着かなかった。


翌朝は宿の裏で短く練習した。

止まる。向きを変える。その後で右手を上げる。


血の刃はまだ出さない。

動きだけを分けて繰り返すと、右腕を振る時に身体まで持っていかれる事が分かった。

指の先で切ろうとすると肩へ力が入る。


テトライルは木の短い棒を僕の手の甲に沿わせた。

手首を固め過ぎず、腕と一緒に向きを変える。

そこまでは少し分かった。


試すのは一度だけにした。

手の甲がちくりと痛み、赤い縁が数センチ立ち上がる。

指先より形は太い。薄くしようとすると先が丸まった。


「けっちゃん。朝から寝癖がひどいですよ」


テトライルの肩が僅かに動いた。

僕は笑わせようとした訳ではない。本人にも、刃物にも真剣である。

しかし今回はすんなり出た。痛みも薄い気がする。長さも長くなったか。


テトライルの眉が寄った。

何か気になる事でもあるのかな。

僕の視線に気づくと、彼女は赤い刃へ目を戻した。


「その刃にも、普段の術で感じるようなマナの動きがありません」


僕の身体だけではなく、外へ出た血もなのか。


「触れた相手の術を乱せる可能性はございます。ただ、防御を切り裂けるかどうかは別です。確かめずに頼るのは危険かと」


なるほど。

魔法に嫌がらせができても、何でも切れる包丁になった訳ではないらしい。


その話は記録に残し、今は形を保つ練習へ戻った。


布を巻いた細い木へ当てた。

表面に短い筋がつく。深くは入らない。

腕を戻すと刃が揺れ、形を保つのをやめたら血が落ちた。


彼女が時間と長さを記録する。

僕は痛みを伝えた。


指先だけでなく手の甲にも出せた。

だが動くと崩れる。肩を守ろうと腕を引くと、先端が自分へ向きかける。

使える場所が増える事と、安全に使える事は別だった。


机の上で、布を巻いた木が転がった。

僕は左手で止める。

右手の血刃を気にしていると、空いている手の事を忘れていた。


テトライルはその木を持ち上げ、僕の前へ置き直した。

実際の戦いでは両手を使って這う事もある。何かを掴んで身体を支える事もある。


右手から刃が出ていれば、その動作のたびに消さなければならない。

手を空けたいという考えには理由があった。

ただし場所を変えれば別の危険も増える。


便利な装備欄を探していたら、全身に使用制限が書いてある。

身体というのは、なかなか融通が利かない。


右肘を曲げて眺める。

ここなら手を空けたまま、腕全体で向きを作れるだろうか。


テトライルへ話すと、まず棒を当てて動きを見ようと言った。

すぐに血を出せとは言わなかった。


ありがたい。

発想が一つ増えるたびに出血していたら、僕の研究費は先に尽きる。


出発前、彼女は剣を包んでいた布を外し、刀身を確かめてから鞘へ収めた。

昨日渡した留め具は正しい向きで収まっていた。


僕の仕事が、一つだけそこに残っている。

それを見てから御車へ乗った。

お読みいただきありがとうございます。

戦いの後に見えてきた、騎士団長の少し不器用な一面。帰ってからの約束も、二人の旅と一緒に見届けていただけたら嬉しいです。

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