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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
7:お気楽異世界異種族会議道中編
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第五十八話:十頭の影と、騎士団長の一歩

最初に聞こえたのは枝の折れる音だった。


風にしては短い。

二度目は別の場所から響いた。

テトライルが地図を閉じ、御車が滑るように止まる。


「カイ様。右の扉から。岩の手前まで移ります」


彼女はもう剣を取っていた。

何がいるのか尋ねる前に、僕は鞄の紐を肩へ掛けた。

扉の先には低い岩と窪地がある。あの街道で見た巨体が頭に浮かんで、足が一瞬動かなくなった。


違う。今は右へ降りる。

そこだけを考えた。


地面へ靴がついた途端、斜面の木が揺れた。

四本の脚が土を掻く。


獣だった。

いや、獣の形をした何かだ。

長く伸びた胴を金属のような板が覆い、板の間から筋の束が膨らんでいる。青い光がその筋を走るたび、背中の装甲がずれて内側の管が見えた。

あれも『鉄骸』なのか?

大きい。

その胴だけで御車よりも長そうだった。


一頭が道へ降りた。その後ろから二頭。

反対側の藪も動く。


「十体。御車は後方へ下げます」


テトライルの声が聞こえた。

数えられるのか、この状況で。

僕の脳内の数え方は既に『多い』で止まっている。


銀色の狼たちが御車を引いて下がった。

鉄骸の頭が動く。僕の方を通り過ぎ、テトライルへ揃った。

口に当たる場所が開いた。歯ではなく、互い違いの金属板が擦れた。


彼女が一歩前へ出る。

赤い髪が肩の後ろへ流れた。


先頭の獣が跳んだ。


僕には、その瞬間まで彼女が動いていないように見えた。

次には脚の下へ入り込んでいた。

剣が斜めに走る。前脚の付け根で金属が潰れ、獣の身体が横へ傾く。


落ちてくる腹へ彼女の掌が触れた。


低い音がした。

雷を遠くで聞くような音だったのに、僕の歯まで震えた。

獣の背中が内側から持ち上がり、丸い硬質の破片が装甲を押し破って散った。


核。

思い出した時には、二頭目がその死角へ飛び込んでいた。


テトライルは退かなかった。

折れた脚を踏み、跳びかかる頭を剣の腹で横へ弾く。

顎が地面へ刺さった。後ろ脚だけで起き上がろうとする巨体へ剣先が沈む。

青い光が首から胴へ走り、そこで消えた。


二頭。

まだ八頭。


算数がこんなに嫌な科目だった事はない。


右側の一頭が岩へ回り込んだ。

顔のない頭が僕へ向く。遅れて金属板が開いた。

見つからない訳ではない。気づくのが遅いだけだ。


「カイ様、後ろへ!」


僕は立ち上がり、岩の裏を回った。

大股で逃げたくなる。小さく、と声に出して足を置いた。


背後で岩が割れた。

身体へ破片が当たる。腕が熱くなり、袖に赤い線が広がった。


痛い。

普通に痛い。

マナの影響を受けない体質だろうが、石は大変公平に殴ってくる。


僕は窪地へ膝をついた。

腕を押さえる。傷は浅い。そう思いたかったが、布の下は見なかった。


岩を越えようとした獣が急に横へ流れた。

テトライルの剣が頭部の下へ入り、装甲の薄い喉を裂いていた。

彼女は引き抜くと同時に振り返る。


「こちらへは来ないでください。そのまま低く」


はい。

こんな時に格好よく加勢できる人間ではない。

僕は土へ伏せ、彼女の足だけを見た。


四頭が距離を空けて囲んだ。

一頭が前へ出ると別の一頭が下がる。獣の狩りに似ている。けれど呼吸も唸り声もなく、脚の駆動音だけが重なっていた。


テトライルが剣を低く構えた。

正面の獣が踏み込む。


彼女の足が地面を打った。

土が薄い輪になって跳ね、前脚を踏ん張った二頭の関節が同時に折れた。

剣がその間を抜ける。

装甲の縁に沿って赤黒い中身が開き、硬い殻が一つ露出した。


剣先が触れる。

殻だけが砕けた。


僕は口を開けたままだった。


僕は膝をずらし、窪地の底へもう少し身体を沈めた。

顔を上げ過ぎれば、飛んだ金属が当たる。見たい気持ちと見てはいけない距離が、うまく噛み合わない。


「低く」と言われた。

今はそれを守る。


左手で腕を押さえたまま、靴先の向きを確かめた。

逃げろと言われた時に立ち上がれるようにする。それだけの支度にも、驚くほど時間がかかった。


大きく壊せば勝てるのではない。どこを壊すか、彼女は選んでいる。


道の奥にいた一頭が後ろへ下がった。


右の藪にいた二頭が、同時に動いた。

片方は低く走る。もう片方は倒れた胴の上へ乗り、そこから飛びかかろうと背を丸めた。


テトライルの剣が低い方の顔を掠める。

わざと外したように見えた。獣が頭を引いた隙間へ彼女が入り、肩の装甲を押して向きを変える。


跳んだ一頭が、その背中へ落ちた。

金属同士がぶつかり、筋の束が押し潰される。

それでも二頭とも動いた。


彼女は重なった身体の横へ回る。

一度目の突きで下の個体の脇腹。

二度目は上の個体の胸。


同じ場所ではない。

僕は息を呑んだ。外側の形が似ていても、核まで同じとは限らない。

あの短い間に確かめていたのか。


止まったはずの胴の下側で、青い筋がまだ脈打っていた。

彼女は足を退き、裂けた装甲の隙間へ刃を突き下ろす。

地面へ押しつけられていた硬い殻が割れ、ようやく光が消えた。


僕は思わず後ろを振り返った。

自分が見ていない方から何か来る気がした。


岩。草。御車。

今は何もいない。

見て確かめた事で、ほんの少しだけ息が戻った。


その横を別の獣が走る。道の先へ逃げるのかと思ったら、御車の方へ回り込もうとしていた。


テトライルが倒した胴から金属片を蹴り上げた。

剣の腹で打つ。

飛んだ破片が脚へ刺さり、獣が道の端で転倒した。


間を置かず彼女が追いつく。

僕には剣を引いたところまでしか見えなかった。

次の瞬間、横倒しの胴に穴が開いていた。


その奥から残る獣が迫った。

テトライルが身体を返す。剣が走るたびに装甲が開き、巨体が土を滑った。

僕にはもう、一頭ずつ追い切れなかった。


音が減る。

それでも彼女は戻ってこなかった。


止まった獣へ近づき、装甲の下を一つずつ確かめる。

一頭の腹が僅かに動いた。

そこへ剣先を入れてから、ようやく僕へ振り返った。


「お待たせいたしました」


買い物を済ませたような言葉だった。

ただ、彼女の肩には土がつき、剣の根元には青白い液体が残っていた。


僕は頷こうとして喉を鳴らした。

返事にならない。

彼女は剣を離れた場所へ置き、僕の視線の高さまで屈んだ。


「立つのは、少し後で結構です」


その言葉で、立たなければと思っていた膝から力が抜けた。


腕の傷はもう血が止まりかけていた。

テトライルは水で土を落とし、残った小さな破片がないか確かめる。閉じるから大丈夫、と省略はしなかった。


僕は彼女の手元を見ながら、あの巨体へどうして近づけたのか尋ねた。

声が震えていた。


彼女は布を当ててから答えた。


「動き出す前に、力の集まる場所を見ます。脚へ偏れば踏み込み、背へ流れれば跳躍の支度です」


目だけで見る話ではなかった。

マナの流れを感じる。慣れた戦士ほど、その変化へ先に身体が動くという。


そこで彼女の手が少し止まった。


「演習場で、貴方様の拳を受けた時も……そのつもりでした」


僕は顔を上げた。

あの時。殴った本人より、殴られた彼女が驚いていた。


「カイ様には、同じ前触れがありませんでした。傷はなかったのに、衝撃だけが身体の奥へ届いた。それで考えていたのです」


怒っていたのではなかったらしい。

今さら胸の奥が軽くなった。

怒らせたかと思っていたと伝えると、彼女は目を丸くした。


「そのような事は」


その返事が真剣だったので、僕は少し笑えた。


ただし僕の拳が強い、という話ではない。

彼女の得意な読み方に、僕だけが載っていなかった。

攻略本に名前のない雑魚。今のところ、それが一番近そうだ。


テトライルは警戒の者へ記録を送った。

六メートル級の大型追撃獣型。十体。全機の活動停止を確認。


僕はその間に、教わった窪地を振り返った。

そこまで自分の足で移れた。

怪我もした。怖くて伏せた。それでも、前と全く同じではなかった。


本日の血刃様は欠席。

代わりに両脚が、何とか出席してくれた。

お読みいただきありがとうございます。

テトライルの強さと、カイが昨日教わった事を実践する一歩を描きました。

二人旅の続きを見届けていただけましたら、ブックマークしてお待ちいただけると嬉しいです。

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