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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
6:お気楽異世界異種族会議招待編
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第五十六話:四人の朝食と、二人分の旅

出発の朝、食卓には四人分の器が並んでいた。


僕が入ると、シェリルが手元の板を伏せた。

テトライルはもう旅装を整えている。剣だけは椅子へ立てかけず、邪魔にならない場所へ置いてあった。


「おはよう、カイ。よく眠れた?」


シェリルの質問は普通だった。

普通過ぎて警戒する。


「はい。おかげさまで」


また敬語になった。

僕の口は、朝から自白する準備ができているらしい。


イツモアが隣の椅子を引いた。

いつもと変わらない顔をしている。

いや、よく見ると口元が少しだけ緩んでいた。


テトライルが僕を見た。

何かを確かめるように、少し首を傾ける。


「お疲れは残っておりませんか」


そこで真面目に確認しないでほしい。

心配される内容は正しい。だがこの食卓では、質問が勝手に別の方向へ歩いていく。


「大丈夫。旅に出られる程度には、ちゃんと元気です」


シェリルの肩が揺れた。

イツモアは何も言わず、僕の前へ温かい汁物を置いた。


匂いを嗅いで顔を上げる。

ナギの香草だった。


「残しておいたんだ」


彼女は頷いた。

朝から濃いものを食べるより、こちらの方がよいだろうと。

僕は椀を持ち上げた。


最初に食べた時より少し柔らかい味がした。

具材が違うのか、葉の量を変えたのか。

聞こうとすると、イツモアが先に僕の顔を覗いた。


「いかがですか?」


「美味しい。これ、神殿でも食べられるのがいいね」


彼女は嬉しそうに自分の椀へ目を落とした。

僕が帰ってからも食べられる。

そう思って、もう一口飲んだ。


テトライルの皿には焼いた肉があった。

今朝は帰還した日に見たものほど大きくない。

移動前なので控えているのだという。


基準が分からない。

それでも彼女が香草のソースを最後まで使っているのは分かった。


イツモアが空いた器を見て、作り方を書いた紙も持たせようかと尋ねた。

テトライルは一瞬迷ってから首を振る。


「帰ってから、改めて教えていただければ」


その返事にイツモアが顔を上げた。

二人の目が合う。

小さく頷き合っただけだったが、僕は何となく口を挟まなかった。


帰ってから。

僕以外の人も、ちゃんとその先を考えている。


シェリルがパンを割り、鉢の話を始めた。

ナギから持ち帰った苗は新しい葉を出しかけているらしい。

リネアへ知らせる為に、形と色を記録したという。


「勇者と魔王の方も、元気だといいね」


僕の言葉にテトライルの手が止まった。

テトライルの目つきが変わった。

警戒モードのスイッチが入ったのが僕にも分かった。

説明が必要だった。

鉢の名前だと話すと、彼女は真面目な顔で聞いてくれる。


「魔王の方が育っているのですか」


その声だけ聞くと討伐会議だ。

だが話しているのは日当たりと水加減である。


「勇者はちょっと休養中。でも最後に見た時は持ち直してた」


シェリルが笑い、イツモアも葉を食材に使えるかの話を足す。

テトライルはますます真剣になった。

食べられる魔王という説明が気になったらしい。


出発の朝なのに、随分のどかな話だった。

少し前まで僕の頭にあったのは、知らない相手と向き合う会議場の事ばかりだった。

今は焼いたパンの端を、どのソースにつけるか迷っている。


こういう時間があると助かる。

恐ろしい事を忘れるのではない。考え続けて固まっていたところが、少し緩む気がした。


食器を下げる前に、僕は三人へ礼を言った。

準備の事。服の事。食べ物の事。

一つずつ言うと長くなった。


イツモアが途中で、当然の事ですわ、と言いかける。

僕は首を振った。


「当然と言ってくれるのは嬉しいけど、礼を忘れる人間になりたくない」


その先は上手く言えなかった。

彼女は少し目を伏せ、最後まで聞いてくれた。


テトライルが椅子を引いた。

外の確認へ行くという。

僕も立ち上がったが、シェリルに袖を軽く引かれた。


襟が折れていた。

昨日あれだけ整えてもらった服を、僕は早くも雑に着ていたらしい。


「これでいいわ」


指先が離れる。

彼女は僕の顔を見て、少し笑った。


「相手の話を聞いてきて。こちらが何を約束するかは、テトライルと確かめながらね」


僕は頷いた。

神らしく見せろとも、立派に振る舞えとも言われなかった。

それなら何とかやってみようと思えた。


部屋へ戻って鞄を取る。

重さは昨日と同じだった。

念の為に留め具を開くと、果実の小包が一番上にある。


その下の焼き物の包みには、小さな紙が添えられていた。


『お水と一緒に。お急ぎにならずに』


昨日の焼き物の件を踏まえた注意書きだ。

僕の食べ方まで引き継がれている。

この調子だと、テトライルへ僕の取扱説明書が渡っているかもしれない。


鞄を背負い、右から、次に左。

教わった順に紐を整える。

今度は引っ掛からなかった。


本日の成長、装備を自力で着用。

世間一般では出発前に済ませておく事だが、僕には小さな成果だった。


神殿の入口には御車が待っていた。

前に並ぶ銀狼型の移動装置は四頭。前の旅では二頭だった。

速度を求めるからだろうか。

銀色の装甲が朝の光を反射している。

点検で開かれていた覆いは閉じ、どこから中を見たのか分からなくなっていた。


テトライルが扉を確かめている。

鞄を積む場所を示され、僕は自分で持ち上げた。


急いで手を出そうとしたイツモアが、途中で止める。

僕がきちんと置くまで見守ってくれた。


たぶん信頼だ。

今回は、興味がなくなった可能性について考えない事にした。


ヴィンセントが封じた書類を持ってきた。

参加条件と、協議の為に持たせる記録。

テトライルが受け取り、資料用の袋へ収める。


「先方の意見は、そのまま持ち帰っていただいて構いません」


彼は僕へ言った。


「こちらに不都合な内容であっても、事実を確かめる事が必要です」


先日教わった返事を思い出した。

確認してからお答えします。

何でも肯定するのと、きちんと聞くのは違うのだろう。


僕は礼を言った。

ヴィンセントはいつもの姿勢で頷く。

最近分かった事だが、余裕やゆとりがない時、こいつは僕を蔑んでこない。

と言う事は、僕を種族会議に出席させる事には心配があるのだろう。


イツモアはテトライルの前へ立った。

声を落とし、休憩の取り方と僕の手の状態について確認する。

テトライルは一つずつ答えた。


それから二人は短く抱き合った。

見慣れない光景で、僕は少し驚いた。


「お願いします」


イツモアの言葉は短かった。

テトライルも同じように短く返した。


「必ず、お連れして戻ります」


僕の胸の奥が少し重くなった。

守ってもらう為だけに旅へ出るのではない。

でも今は、そう言ってくれる人が必要だった。


僕も二人のそばへ寄った。


「僕も気をつける。勝手に離れたり、一人で危ない事を始めたりしないようにするから」


イツモアが僕へ向き直る。

襟はもう直っている。それでも彼女は胸元へ一度手を当てた。

それから背伸びをして頬へ口づけた。


周囲に人がいる。

気づいた時には遅かった。


テトライルは御車の方を向いている。

見ていないふりをしてくれているのだろう。

シェリルだけは、いつもの顔で笑っていた。

それからテトライルへ向き直る。


「カイをお願いね」


テトライルは姿勢を正し、騎士団の最敬礼で応えた。


「お任せください」


二人のやり取りを見ていると、シェリルが再び僕へ顔を向けた。


「いってらっしゃい、カイ」


その声を聞いて、僕は扉へ掛けていた手を止めた。


行ってきます。

そう返していい場所がある。

ナギを出た時とは少し違う気持ちだった。


「行ってきます」


御車へ乗り、窓の方へ座る。

向かいにテトライルが腰を下ろした。

三人で乗っていた時より広い。足元の荷物は増えているのに、空いた席が気になった。


御車がゆっくり動き出す。

イツモアが手を振った。

シェリルはその隣で、彼女の肩へそっと手を置いている。


僕も窓から手を振り返した。

身を乗り出す前に自分で止まる。

そこも覚えた。少しずつなら、ちゃんと学習している。


神殿が遠ざかると、テトライルが地図を開いた。

最初に確認する街道と、休む場所を教えてくれる。


僕はその線を目で追った。

セキラハまで、知らない道が続いている。


「よろしくお願いします」


改めて言うと彼女は顔を上げた。


「こちらこそ。何かございましたら、すぐお声を掛けてください」


僕は右手を膝へ置く。

血刃様。本日はひとまず待機でお願いします。

あなたの使い方も、これからちゃんと教わる予定です。


ただし最初の目標は、勝つ事ではない。


二人で行って、二人で帰る。


窓の外へ視線を戻すと、朝日に照らされた街道が先へ伸びていた。

お読みいただきありがとうございます。

四人の朝食を終え、カイとテトライルが旅立ちました。


二人の道中が気になりましたら、ブックマークしてお待ちいただけると嬉しいです。

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