第五十三話:代表者の名前と、付き添い一名
修正4点を反映し、第53話を公式確定しました。本文は約3,024文字です。本日10月29日20時、なろう・カクヨム公開予定として記録しています。
第五十三話:代表者の名前と、付き添い一名
最初の打診への返事が揃ったのは、昼食の後だった。
四種族とも話し合いには応じる。
そう聞いて僕はほっとした。
会わない、話さない、近寄るな。そんな返事を想像していたので、まず入口は開いたらしい。
ところが会議室の空気は明るくなかった。
ヴィンセントの前には四つの報告が並んでいる。
彼は目を通し終えると、シェリルへ一枚を渡した。
「代表者の出席を求められています。議題によっては、その場で判断できる者をと」
それはそうだろう。
持ち帰って確認します、を繰り返していたら、その間にも道が通れなくなる。
僕が頷いている横で、シェリルが顔を上げた。
「私とヴィンセントが行く形なら、どうかしら。軍事の資料はテトライルに整えてもらって」
ヴィンセントも異存はないようだった。
テトライルが地図を寄せ、会議へ持っていくべき記録を選ぶ。
僕は二人が出発するまでに、旅先で聞いた事を書いて渡そうと思った。
その時は、まだ他人事だった。
二日後の午後。
僕は部屋で紙を持ったまま動けなくなった。
『プロト・ワンの出席を求める』
読める。
文字は難しくない。意味だけが頭へ入ってこない。
「……これ、僕の事?」
目の前のヴィンセントは否定してくれなかった。
その後ろにいるイツモアの表情が硬い。
シェリルは椅子を引き、まず座って話しましょうと言った。
僕は座った。
座るよう勧められてから座る。先日の礼法講座だけが妙に役立っている。
できれば、もっと気楽な場面で成果を出したかった。
四種族の間でも使者が行き来し、会議の場所と参加者について意見がまとまったらしい。
開催地はセキラハ。
ネオ・エデンではない、各地から街道が集まる場所だという。
「先方は、貴方がエイリスの意思決定に関わる存在だと認識しているようです」
ヴィンセントの説明を聞きながら、僕は紙の一文を見直した。
関わってはいる。
だが水を飲むタイミングにすら迷っている会議参加者だ。
「どうして僕がいる事を知ってるの?」
シェリルが膝の上で手を組んだ。
「街には他種族の商人も出入りするわ。神殿の中だけで暮らしていた訳ではないし、噂が外へ出る事はあるでしょうね」
僕はオーツのギルドを思い出した。
目立たない新人だった、とはとても言えない。
ただし、僕が何者なのかを相手が知っているとは限らないと彼女は続けた。
エイリスが特別に扱う人物が現れた。
今のところ、その程度の話らしい。
その程度で呼び出される身にもなってほしい。
僕の履歴書、本人より先に偉くなっている。
イツモアが卓へ手を置いた。
「カイ様は先日、お怪我をなさったばかりです。今すぐお連れする事には賛同できません」
声を荒らげた訳ではなかった。
けれど、その手が僕の袖のすぐそばにある。
あの裂けた布を覚えているのだろう。僕も覚えている。
ヴィンセントは急かさなかった。
返答には猶予がある。まず参加条件を確かめ、移動の安全を確認する。
彼が並べた項目を聞いて、僕はやっと紙から目を離した。
「もし僕が行かなかったら、話し合い自体がなくなるんですか?」
それはまだ分からないという。
別の代表で再調整する余地はある。
ただ相手は、ネオ・エデンが誰の言葉で約束するのかを確かめたがっていた。
僕は少し黙った。
僕にできると持ち上げられた訳ではない。
向こうが僕を見ないと判断できないと言っている。
そう考えると、まだ分かる気がした。
扉が開き、テトライルが入ってきた。
受け取った報告を読んだ途端、眉が寄る。
「代表と、付き添い一名のみ?」
僕はシェリルを見た。
イツモアを見る。最後にテトライルを見る。
席が足りない。
遠足の班決めなら机を足して済むが、どうやらそういう話ではなかった。
大人数の武装した一団を会議場へ入れない為の取り決めだという。
全ての陣営に同じ条件が出ている。
会場周辺の警護や立ち入りの範囲については、別に確認が必要だった。
「見えないから人数に数えない、という訳にはいかないよね」
僕が呟くと、イツモアの目が一瞬だけ動いた。
考えていたのか。
シェリルが首を振った。
「最初の取り決めを破って入ったら、何を話しても疑われるわ」
正論である。
巫女長を手荷物扱いで持ち込む案は却下された。
口に出す前に自分でも却下しておいてよかった。
テトライルは報告を置き、僕へ向き直った。
「出席されるのでしたら、私が同行いたします」
その声には迷いがなかった。
軍事の責任者として部隊の運用や敵の特徴を説明できる。道中で戦闘になった時にも対応できる。
一人で幾つもの役目を担える人だった。
イツモアはすぐには頷かなかった。
テトライルの強さを疑っているのではない。それは僕にも分かった。
シェリルは自分が残る場合の話を始めた。
鉄骸の記録の照合。帰ってくる使者との連絡。ヴィンセントと共に進める警戒体制の調整。
イツモアには負傷者の受け入れと救護の準備がある。
誰が不要かを決めているのではなかった。
一緒に行けない人にも、ここで待っている仕事がある。
それでも僕は、隣のイツモアが組んだ指に少し力を込めるのを見ていた。
「僕は、話を聞きに行きたいです」
言った後で喉が渇いた。
今度は水を飲んだ。誰も続きを急かさなかった。
「向こうにどういう被害が出ているのか、僕は知らないから。僕達が見た事を話して、向こうの話も聞きたい」
何か大きな演説をするつもりはなかった。
会議の主役になりたい訳でもない。
あの商人たちがまた同じ道を使えるようになるなら、その相談には加わりたかった。
ヴィンセントが僕の目を見た。
「その場で、全ての要求に答える必要はございません。約束できない事は、できないとお伝えください」
頷きながら、僕は少しだけ楽になった。
神様として何でも叶えろとは言われなかった。
確認してから答える。先日の練習が、もう一つ役に立ちそうだった。
イツモアが僕の方へ椅子を寄せた。
「危険があれば、お戻りになる事を優先してくださいませ」
彼女はテトライルにも同じ目を向ける。
テトライルは短く、必ず、と答えた。
僕も返事をした。
ただし簡単に無傷を約束する言葉は出なかった。
前の旅で、僕の大丈夫がどれほど頼りないか知ってしまったからだ。
「勝手に離れない。何かする前に、テトライルへ伝える。そこから気をつけるよ」
イツモアは僕の袖を一度だけつまんだ。
やがて離し、出発までに用意する物を挙げ始める。
認めてくれたのだと思う。
嬉しいのとは、きっと違う。
会議場の安全、移動経路、日程。
それらを確かめた上で、カイとテトライルが出席するという返答を送る事になった。
まだ出発日は決まっていない。
それでも机の上の紙が、さっきよりずっと重く見えた。
ヴィンセントは会議の目的を、もう一度書記へ伝えた。
情報を集め、今後の協力について話し合う。
部隊をどこへ出すか、何を共同で行うかは、相手の事情も聞いて決める。
僕はそれを自分の紙にも写した。
参加しただけで何もかも約束した事になったら困る。
神様にも持ち帰り検討の権利がある。
ありがたい制度だ。使う時には、忘れずに期限も聞いておこう。
皆が立ち上がった後、僕は『プロト・ワン』の文字をもう一度見た。
知らない人にとって、僕はこれなのだ。
昨日まで、紐を切れて喜んでいた男です。
そう名札に書き足しておきたい。
隣でテトライルが椅子を戻した。
僕が顔を上げると彼女は少しだけ笑った。
「道中の事は、一緒に確かめてまいりましょう」
僕は紙を畳んだ。
全部を一人で分かってから出発する必要はない。
その事だけは、今度こそ忘れないようにしたかった。
お読みいただきありがとうございます。
本人より先に肩書きが広まってしまったカイ。
まずは相手の話を聞く為に、次の旅へ向けて動き始めます。
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