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projectMOTHER~異世界転生したら女神の主と呼ばれている~  作者: 鴉野碧
6:お気楽異世界異種族会議招待編
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第五十一話:帰ってきた食卓と、神様の挨拶

会議の後に案内されたのは、神殿の小さな食堂だった。

そういえばこの世界に来てから、この神殿内で自室、大食堂以外で食事をするのは初めてだ。

個人的にはこのサイズ感が最も心地いい。

神殿では小さな食堂でも、幹線道路沿いのファストフード店くらいはある。

ポテトが揚がった時のあの音が聞こえそうだ。

しかし、圧倒的な違いがある。静けさだ。


白い卓。音を立てずに近づいてくる配膳台。器の底で揺れる柔らかな光。

何日か前まで普通に使っていたはずなのに、椅子へ座ってから足元を確かめてしまった。


村の椅子は少し軋んだ。

これは軋まない。それどころか僕の座り方に合わせて背中が支えられる。

しかも椅子の脚すらない。僕が座りやすい高さで、座面が宙に浮いている。

待遇が良過ぎて腰が戸惑っている。


「どうかなさいましたか?」


イツモアが皿を置きながら尋ねた。

僕が椅子の事を話すと、向かいへ座ったテトライルも自分の椅子を見た。


「壊れているようには見えませんが」


そうでしょうね。

音がしなくて落ち着かないなんて、高性能な椅子に対する苦情としては理不尽にも程がある。


シェリルは僕が何に戸惑っているのか、正確に理解しているようだ。

隣で小さく笑い、卓へ置いた箱の蓋を開けた。

中にはナギから持ち帰った苗がある。

移動で倒れなかったか、葉の裏まで確かめているらしい。


「この子も、置き場所を決めないとね」


僕は窓際を見た。

この部屋は神殿外周部に位置しているらしく、窓がある。

食堂の一角には小さな鉢が並んでいて、神殿の中にも緑はあったのだと、今さら気づいた。

全部が白くて青く光っている印象だったので見落としていた。

僕の観察力、得意分野への偏りがひどい。


湯気と一緒に肉の焼ける匂いが届いた。

テトライルの前へ置かれた皿には、厚く切った肉が並んでいる。

僕の皿にも同じものがあった。ただし量は随分違う。


「それ、全部食べるの?」


尋ねると彼女は皿を見下ろした。

何か問題があるだろうかという顔だった。


「本日はまだ軽くしか食べておりませんので」


僕は自分の皿を見た。

こちらも結構な量である。騎士団長の『軽く』が何グラムかは聞かないでおこう。

計量器が先に根を上げる可能性がある。


イツモアは小さな器を僕達の間へ置いた。

ナギの香草を使ったソースだった。


「少しずつお試しくださいませ。神殿のお肉では、まだ加減が分かりませんので」


この周辺で食べられている肉は、僕も何種類か口にしている。

元の世界の肉に例えるなら、牛や熊、山羊、鶏に近い味だろうか。

外見を知らなければ相当に美味しい。


テトライルが肉の端へつけて口へ運ぶ。

いつもは食べているところを見る機会がなかったが、ひと口が大きい。

それでも雑には見えない。ちゃんと飲み込んでからイツモアへ向き直った。


「美味しいです。こちらの方が、私は好きですね」


イツモアの眉が少し上がる。

嬉しい時の顔だ。旅先で何度も見た。


しかし、この三人は本当に仲が良い。

凄く仲の良い親友のような姉妹に見える。


僕も肉を切った。

刃物を握って食べる事が、妙に久しぶりに感じた。

右手の指は普通に曲がる。皿の上の肉も普通に切れた。


聞いていますか、血刃様。

こちらが市販品の仕事です。滑らかですね。使用者から血も出ません。


心の中で嫌味を言ったが、当然返事はなかった。

ふふ……反論の余地もないと思う。


食事が半分ほど進んだところで、テトライルが例の話を聞いてくれた。

僕は持ってきた紙を開く。

避けられなかった石。足を取られた木の根。身体を隠したはずの岩。

言葉にすると、僕はよく地面へ転がっていた。


「走り始める前に、どこまで行くかは決めていたのですね」


彼女は紙の端を押さえた。

指先には薄い傷のような線があった。すぐに手が動き、見えなくなる。


「岩までとは。でも、その先は考えられなかった」


僕の声が小さくなる。

それを聞いたイツモアの手が止まった。ソースの器を持ったまま、僕の脇腹へ視線を落とす。


テトライルは僕を責めなかった。


「最初から全て見通す必要はありません。ただ、着いた場所で立ち止まらない為に、次に足を置ける場所も見ておくとよろしいかと」


僕は紙に矢印を足した。

岩へ行く。その途中で、次に足を置ける場所も探す。

書くだけなら簡単だ。戦闘中の僕の脳内には、そんな広さの作業机がなかった。


「そうですね、まずは敵がいないところで練習いたしましょう」


その提案には心から賛成した。

初心者用のチュートリアルに、動く建物を配置しないでいただきたい。


午後、僕達は食堂の隣にある広間へ移った。

訓練ではない。使者へ渡す物を受け取りに来た職員へ、旅の話をするだけだった。


だけ、のはずだった。


入ってきた銀髪の男性が僕を見るなり膝をついた。

後ろの二人まで続く。

僕は持っていた杯を置き損ね、受け皿を小さく鳴らした。


「どうぞ、そのままで。立っていただいて大丈夫です」


慌てて言うと、三人がイツモアの顔を見た。

彼女が頷いて、ようやく立ち上がる。


僕が許可を出して巫女長が承認する。

僕の言葉、単独では決裁が通らないらしい。


その後は街道で見た事を尋ねられ、僕が答える横でシェリルが記録を渡した。


職員が退出すると、シェリルが机へ肘をついた。


「驚いた?」


驚いたとも。

村では普通に箱を持ってと言われていたのだ。帰宅したら床へ人が増える生活には、まだ馴染めない。


「僕も頭を下げそうになった」


テトライルが不思議そうにこちらを見る。

おそらく、それのどこが問題なのかを一緒に考えてくれている。

シェリルだけは既に楽しそうだった。


「挨拶を少し練習しておきましょうか。他の土地の方と顔を合わせる機会も増えるでしょうし」


イツモアがすぐ椅子を引いた。

僕を座らせ、自分は少し離れて立つ。

急に始まる礼法講座。講師が巫女長なので資格だけは申し分ない。


最初は相手の言葉を最後まで聞く。

名乗られたら顔を上げて返す。

勧められる前に席へ座らない。


そこまでは分かった。

握手はないがビジネスマナーと同じだ。

だが実際にやると、相手が頭を下げた瞬間に僕も下げてしまう。

顔を上げるタイミングが合わず、もう一度下げる。


「カイ様。そこまで深くなくても」


イツモアの声に肩を止めた。

向かいでシェリルが口元を隠している。


日本人の反射だ。

身体が勝手に礼儀を連打する。回避ボタンとお辞儀ボタンが同じところにあるのかもしれない。


今度はテトライルが相手役になった。

胸へ手を当て、よく通る声で所属と名前を告げる。

姿勢が綺麗だ。体幹が鍛え上げられているからだろう。

さっき大盛りの肉を食べていた人と同じ人には見えない。


「お会いできて光栄です。僕はカイです。よろしくお願いします」


言い終えてから手を差し出した。

彼女は僕の掌を見た。一瞬だけ迷い、それから両手で包む。


「こちらこそ。末永く、お願いいたします」


ん?

何か少し違う挨拶になっていないか?


イツモアが隣へ一歩出た。

握手の説明をする声は丁寧だったが、僕達の手へ向ける目が真剣だった。


シェリルがとうとう笑った。

僕もつられて笑う。テトライルは何がおかしかったのか分からない顔のまま、そっと手を離した。


最後にシェリルが、答えられない質問をされた時の返事を教えてくれた。


「分からなければ、確認してからお答えします、でいいのよ」


随分使い勝手がよさそうだった。

あれか。「一度持ち帰って確認します」ってやつだ。

僕の人生の大部分を、その一文で乗り切れる気がする。


ただし本当に確認する必要はある。

保留ボタンを押して忘れる係にはなりたくない。


夕方、僕は廊下で使者たちを見送った。

四つに分けられた筒が、それぞれ別の手へ渡る。

そこに書かれた言葉を読んだ人たちが、どんな顔をするのかは分からなかった。


「道中、お気をつけて」


教わったように顔を上げて伝える。

使者の一人は驚いた顔をしてから、深く頭を下げた。


僕もつられて下げかけた。

横からイツモアが袖をつまむ。


一回で身につくなら苦労しない。

でも、つられて頭を下げる癖は、そう簡単には抜けないだろう。

僕の身体に染みついた癖は、血刃より手強そうだった。


その夜はイツモアが僕の部屋へ来た。

畳んだ衣服を置いた後も帰らず、窓のそばで指を組んでいる。

僕が隣を空けると、少し迷ってから腰を下ろした。


「まだ、怖い夢をご覧になりますか」


眠れば必ず夢を見る訳ではなかった。

それでも大きな音がすると身構える事はある。

正直に答えると彼女は僕の手を取った。


今度は挨拶の練習ではない。

僕も握り返した。


「今日は、そばにいてくれる?」


イツモアの顔がゆっくり近づく。

昼間にはきちんとできなかった距離の測り方を、今は間違えなかった。


翌朝、彼女は礼法の紙を忘れていった。

『相手の顔をよく見る事』とある。


昨夜の僕は、その項目だけは充分に実践できた気がした。

お読みいただきありがとうございます。


血刃の扱いも難しいですが、身体に染みついたお辞儀の癖はもっと手強いようです。

久しぶりに四人が揃った食卓を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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